下り坂をゆっくりと歩いてゆけるのであれば
「ちいさなちいさな王様」
(ハッケ/ソーヴァ絵/
那須田淳・大本栄共訳)講談社

ある日、僕の部屋に現れた
人差し指サイズの
気まぐれな王様。
彼が言うには、
「おれのところ」では、
「生まれたときが一番大きくて、
次第に小さくなって
やがて消えていく」のだそうだ。
そして「小さけりゃ小さいほど
偉い」のだという…。
素敵な本に出会いました。
いや、素敵な世界に出会いました、と
いうべきでしょうか。
王様のいう「おれのところ」では、
大きな体で生まれて、
どんどん小さくなり、
やがて消滅してしまう。
生まれた瞬間に、
全てを知り尽くしていて、
体の縮小とともにそれらを忘れていく。
でもその脳の空隙に、
いくらでも想像の世界を広げられる。
だから小さければ小さいほど偉いのだ。
一つは、
子どもの可能性の大きさを
示唆していると
とらえることができます。
知識を吸収したから
価値が高まるのではなく、
想像すること、そして
創造することにこそ価値があるのだと
考えることができます。
子どもたちの小さな頭脳は
たとえ知識がまだ乏しくても、
いや乏しいほど、
大きな想像力・創造力が
秘められていると考えるなら、
大人が子どもにするべきことの中身が
違ってこなくてはならないはずです。
教育に携わるものとして
考えさせられました。
もう一つは、
老いた生活を楽しむための手掛かりを
示しているとも考えられます。
私たちの一生は、
幼少期から青年期・壮年期へと
進むにつれて、
知的な蓄えや生活力、社会的地位が
向上し、ピークを迎えます。
しかし老いとともに、
その頂点から静かに下降線を
たどらなければならないのです。
「おれのところ」では、
その下降が当たり前であり、
その先に真の充足があるのです。
私も五十を越え、
まもなく下降線を歩むことになります。
しかし、自信をもってその下り坂を
ゆっくりと歩いて行けるのであれば、
その道のりは
決して淋しいものにはならないのでは
ないかと感じられました。
子どもが読む分には、
自然と空想の世界が広がる
「易しい」本ではないかと思われます。
しかし大人が読むとしたとき、
もしかしたら「僕」と「王様」のやりとりを
禅問答と捉えてしまったり、
自己啓発書やスピリチュアル本の類かと
邪推したりしてしまうかも知れません。
脳の中の知識のすき間を上手に使って
素直に受け入れることが大切なのです。
こんな素敵な本が
20年も前から存在していたなんて
(本邦出版1996年)。
今まで気づきませんでした。
自分では読書をしているつもりでも、
本の海は深くて大きいのだと、
今さらながら実感しました。
※ハッケ作ゾーヴァ絵の
コンビの作品は、本書以外にも
数点出版されているようです。
近いうちに
読んでみようと思っています。
(2020.5.4)

【今日のさらにお薦め3作品】
【こんな本はいかがですか】