
幻覚通りに起こる殺人事件の謎
「憑かれた女」(横溝正史)
(「憑かれた女」)角川文庫
(「由利・三津木探偵小説集成4」)
柏書房
ばらばら死体の幻覚を
見るようになったエマ子は、
ついに酒場仲間・みさ子の
血だらけの姿まで
幻視するようになる。
ある夜、謎の外国人に、
拉致同然に連れ込まれた
洋館の中で、
彼女は幻覚と同様の、
血まみれの女の死体を
発見する…。
横溝正史の
由利・三津木シリーズの一篇です。
主人公・エマ子の見た
幻覚どおりに起きた殺人事件。
ホラーのように見えて、そこには
犯人の緻密な罠が潜んでいたのです。
由利麟太郞はその謎を
どう解いていくのか?
【事件簿04 「憑かれた女」】
〔事件捜査〕
由利麟太郎…私立探偵。
三津木俊助…新日報社社会部記者。
本田刑事・河口刑事…所轄署刑事。
〔事件関係者〕
西城エマ子
…幻覚に悩まされる女。十七歳。
猟奇的殺人事件に巻き込まれる。
五月
…バー・アザミに集う
不良少年少女たちのリーダー。
みさ子
…五月のグループの少女。
エマ子から恨みを買っている。
死体で発見される。
四郎
…五月のグループの一人。
エマ子の信頼する男友達。
「マダム」
…不良少年少女たちの巣窟となっている
バー・アザミのマダム。
エマ子やみさ子を男に斡旋している。
死体で発見される。
井手江南
…エマ子のアパートの上階に住んでいる
自称探偵作家。
怪外人
…エマ子を二度にわたって拉致同然に
殺人の現場に連れ込んだ
正体不明の外国人。
〔事件の概要〕
・エマ子、幻覚に悩まされる。
8月13日
・エマ子、海水浴場で血みどろになる
みさ子の姿を幻覚で見る。
8月22日
・エマ子、怪外人によって
怪屋敷に連れ込まれる。
・エマ子、怪屋敷の浴槽で
惨殺されている女性の死体を目撃。
8月23日
・早朝、アパート前に昏倒している
エマ子を江南が発見。
8月27日
・江南とエマ子、怪屋敷に踏み込む。
・みさ子、死体で発見される。
9月10日
・エマ子、怪外人に拉致され、
再び怪屋敷へ。
9月11日
・警察、怪屋敷にて昏睡状態のエマ子と
アザミのマダムの死体を発見。
数日後
・由利先生出馬、事件解決。
本作品の味わいどころ①
幻覚通りに起こる殺人事件の謎
横溝作品には、
手毬唄どおりに殺人が起きる
「悪魔の手毬唄」や、
屏風の俳句どおりに死体が
デコレーションされる「獄門島」など、
いわゆる「見立て殺人」が
いくつか存在します。
しかし本作品はエマ子が見た
「幻覚」どおりに
バラバラ殺人が起きるのです。
エマ子の不良集団仲間であるみさ子、
そしてバーのマダムまで
死体となって見つかります。
幻覚は見た本人にしかわからないから
「幻覚」なのであり、
ほかの誰かがエマ子の幻覚を
「見立てた」殺人を行うことは
不可能なのです。
ましてや幻覚は
エマ子の虚言でもありません。
ここに横溝の大胆な仕掛けが
施されているのです。
この幻覚どおりに起こる
殺人事件の謎こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
「怪外人」以外もみな怪しい人物
主な登場人物は、
酒場に集まる不良集団と
売れない探偵作家だけですので、
やはり横溝得意の
「登場人物の全員が怪しい」
設定となっているのです。
エマ子をはじめとする
バー・アザミに集うメンバーは
すべて不良少年少女たちです。
未成年でありながら、
これまで行ってきた触法行為は
一つや二つではないのです。
エマ子は十七歳でありながら、
身体を売る商売に走っています。
加えて幻覚を見るのも
ウイスキーやブランデーなど
強い酒を酔い潰れるまで
たびたび飲んだ結果なのです。
殺害されたみさ子も同様です。
もちろん容疑者として
警察から追われる身となる五月も、
その集団の兄貴分ですから、
叩けばホコリがいくつも出てくる
身の上でしょう。
バー・アザミのマダム自体が
売春の斡旋を行っているのですから
立派な犯罪者なのです。
バー・アザミは、道を外れた
ならず者の集まる巣窟なのです。
そしてバー・アザミ関係者以外の
人物として登場する探偵作家・
井手江南もまた怪しさが漂っています。
連れ去られた怪屋敷で
気を失っていたエマ子を、
アパート前の空き地で発見した
登場場面から、
すでに十分に怪しすぎます。
「探偵作家」という職業も
ほぼ「自称」にすぎないことが、
のちに明かされます。
この、登場人物全員が怪しいという
設定こそ、本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
もちろん最も怪しいのは文字通りの
「怪外人」です。
しかしまったく目立ちません。
由利・三津木シリーズにおける
「怪人物」は、
「獣人」「白蠟三郎」「真珠郎」
「絞刑吏(くびつりやくにん)」
「ゴリラ男」「ファントム・ウーマン」
「骸骨男」「風流騎士」など、
ジュヴナイル的悪役キャラなのですが、
本作品はただの「怪しい外国人」。
しかも登場人物たちに
まっとうな人間がいないため、
その存在感はないに等しいのです。
本作品の味わいどころ③
由利先生の超人的手腕で即解決
二つの殺人事件が起き、そろそろ
終盤にさしかかろうかというあたりで、
ようやく新聞記者・三津木俊助と
私立探偵・由利先生の登場です。
他の作品に比べて
異様に遅い二人の登場ですが、
それも本作品の構成上の秘密です。
その由利先生は、俊助から
事件の相談を受けたかと思えば、
警察からの情報収集や
関係者の事情聴取、
さらには現場検証を一切行わず、
あっという間に推理を組み立て、
真相を見抜いてしまいます。
その後の行動は「事実確認」であって
捜査ではありません。
本作品における由利先生は、
完全に「安楽椅子探偵」なのです。
この、登場即事件解決の
由利先生の超人的手腕こそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
何とも見事な由利先生!
その探偵術を
ぜひ読んで確かめてください。
「ぜひ読んで確かめてください」と、
今回に限らず由利・三津木シリーズを
紹介する際には、
これまでも何度か連呼しました。
その度に「絶版中につき、古書を」
「電子書籍を」と書いてきました。
しかし今回だけは違います。
先月末に復刊しています。
古書をあたらなくても
紙媒体で読むことができます。
これもまもなく
「探偵・由利麟太郎」として
テレビドラマ化される影響です。
先週も書きましたが、先月先々月で
「蝶々殺人事件」と本書が復刊し、
さらに今月来月に
「血蝙蝠」「花髑髏」が続きます。
テレビドラマがヒットし、
由利・三津木シリーズが
さらに復刊することを願っています。
「仮面劇場」「夜光虫」「悪魔の設計図」
「幻の女」「双仮面」…。
角川文庫の英断を期待します。
(2020.5.10)
〔娘のつくった動画もよろしく〕
こちらもどうぞ!
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(2026.7.29)
〔本作品収録本の表紙について〕
令和復活版は表紙デザインが昭和版から
マイナーチェンジしています。
〔本作品の原形作品について〕
本作品は昭和8年に発表された同名の
ノンシリーズ作品が原形となります。
こちらは角川文庫「喘ぎ泣く死美人」に
収録されています。
「憑かれた女(昭和8年版)」
〔「由利・三津木探偵小説集成4」〕
盲目の犬
血蝙蝠
嵐の道化師
菊花大会事件
三行広告事件
憑かれた女
蝶々殺人事件
カルメンの死
神の矢
模造殺人事件
付録①/②/編者解説
〔由利・三津木シリーズ〕



〔角川文庫:由利・三津木シリーズ〕
〔「由利・三津木探偵小説集成」〕


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