「赤と黒」(スタンダール)②

極めて「異質」な二人のヒロイン

「赤と黒」(スタンダール/野崎歓訳)
 光文社古典新訳文庫

マチルドは
自分の周囲の男たちにはない
ジュリヤンの
情熱と才能に惹かれ、
彼を激しく愛するようになる。
やがて彼女は
ジュリヤンの子を妊娠し、それは
父侯爵の知るところとなる。
侯爵は二人の結婚に反対するが、
マチルドは…。

前回取り上げた本作品、
読みどころのもう一つは
登場する二人の女性・レナール夫人と
マチルド嬢のヒロイズムです。
二人とも美女であるだけでなく、
「強い女性」なのです。

第一巻のヒロインはレナール夫人です。
彼女は若くしてレナール氏の妻となり
かしずいてきたのです。
夫との間に愛情などなかったのです。
ジュリヤンは彼女の前に初めて現れた、
彼女がそれまで知らない魅力を持った
男性だったのです。
だからこそ、住み込みの家庭教師、
しかも自分とは身分も年齢も隔たった
ジュリヤンとの恋に
身を焦がしたのです。

彼女は常に道徳心に苛まれながらも、
自分の気持ち、
ジュリヤンに対する愛情に
正直に生きようとするのです。
現代であれば当然とも思えるその行為は
十九世紀初頭の世界においては
異質です。
他の資料をあたると、
不倫そのものは貴族の女性においては
決して珍しいものでは
なかったようです。
そのような小説も
他にいくつも存在します。
しかしその多くは「上手に」
邪な恋愛をこなしていたのです。
結婚が恋愛の結果でないのと同様に、
不倫もまた
愛情の果てではなかったのでしょう。
レナール夫人のように、
現在の自分の生活を振り捨てて
ジュリヤンとの愛に傾くことは
あり得なかったと思うのです
(夫人は最後は思いとどまりますが)。

第二巻のヒロイン・マチルドは、
その上をいっています。
踏みとどまった夫人と違い、
ジュリヤンの子を身ごもり、
父親の反対を押し切り、
結婚を実現させていくのですから。
夫人と違って独身であったために
できたことともいえそうですが、
当時の世の中を考えたとき、
むしろこちらの方が非現実的でしょう。

いくら気位が高いとはいえ、
当時の女性のできることは
サロンで近づいてくる男どもに
髙飛車に振る舞うことくらいです
(それも名家の独身女性に限り)。
彼女は、前途に横たわる困難を承知で、
自らの意志で結婚相手を決め、
万難を全て自力で排除し、
自らの欲求を叶えていったのです。
それは当時の貴族社会において、
そして男尊女卑の世界において、
極めて異質であったはずです。

おそらく本作品発表当時の
読み手からすれば、
この二人のヒロインは
特異な主人公・ジュリヤンより
なお異質であり、
受け入れがたかったのではなかったかと
推測できます。
十九世紀初頭の人間の目線から、
この異質な二人のヒロイズムを味わう。
それが本作品のもう一つの
読み方なのではないかと考えます。

(2020.5.11)

Enrique MeseguerによるPixabayからの画像

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