「一個のナイフより」(横溝正史)

ポワロ?ホームズ?いえいえ横溝初期作品です

「一個のナイフより」(横溝正史)
(「赤い水泳着」)出版芸術社

「私」が新淀川の河原で
写生をしていたとき、
従兄弟が偶然拾った
一個のナイフ。
近くには鉄橋があり、
「私」はそのナイフが
前日に起きた急行列車内の
謎の殺人事件の犯人が
投げ捨てたものと推理する。
「私」はその人物像を探り出す…。

横溝正史最初期の短篇
(大正10年発表、横溝19歳!)であり、
角川文庫未収録作品でした。
現在のミステリの評価基準で考えると
厳しいものがありますが、
探偵小説黎明期、
そして青年・横溝の作品と考えると、
それなりに味わい深いものがあります。

【主要登場人物】
「私」
…河原に落ちていたナイフから
 持ち主を特定し、
 殺人事件との関連を推理する。
秋雄…「私」と同い年の従兄弟
夏目健
…新聞社重役。ナイフの落とし主。
夏目鈴子
…健の妹。ナイフの持ち主。

本作品の味わいどころ①
これは急行列車殺人事件!?

急行列車内の謎の殺人事件。
これは
「十時半に神戸駅を出て
 十一時二十五分に大阪駅に着いた
 急行列車の寝台車の中で、
 一人の男が殺されているのが
 発見された。
 証拠品もなければ犯人も解らない。
 他に七人の乗客が
 あったのにも拘らず、
 誰もそれに気付かなかった。」

というものです。
もちろんクリスティ
「オリエント急行殺人事件」
パロディなのでしょうが、
それを一介の学生(と思われる)
「私」がどうやって解決するのか。
もしや「私」はエルキュール・ポワロ!?

本作品の味わいどころ②
これはプロファイリング!?

そのナイフを手にした「私」は、
持ち主の人物像を推理しはじめます。
「非常に無精で不器用な男で
 葉巻を吸っている。
 死ぬ前に林檎を剝いて食った。」

さらにはその男の前にも所有者がいて、
「新しい家庭の妙齢の婦人らしい。
 右の中指に指輪を嵌めている。」

人生経験も浅い若造(と思われる)の
「私」がどうしてそんな結論を得たのか。
もしや「私」はシャーロック・ホームズ!?

本作品の味わいどころ③
これはコント!?ミステリ!?

そうした謎は、
ナイフを探すために新聞広告まで出した
所有者本人と「私」が面会することにより
一気に解決されます。
何か壮大な謎あかしが
あるかと思って読み進めると、
肩透かしを食らった感じがするのは
やむを得ません。
本作品は短篇ミステリであると同時に、
海外ミステリのパロディを盛り込んだ
コントでもあるのです。

横溝の初期作品には、
冒頭で謎を孕んだ幕開けがなされ、
読み終われば「なあんだ、やられた」と
つぶやきたくなるような作品が
いくつかあります。
横溝の創作は
ここから始まっているのです。
そして年月をかけ、
謎が謎を呼び、
恐怖を呼び、
浪漫を呼ぶ、
戦後の重厚な作品世界へと
結実するのです。

※「横溝正史探偵小説コレクション
  ①赤い水泳着」収録作品一覧

一個のナイフより
悲しき郵便屋
紫の道化師
乗合自動車の客
赤い水泳着
死屍を喰う虫
髑髏鬼
迷路の三人
ある戦死
盲人の手
薔薇王
木馬に乗る令嬢
八百八十番目の護謨の木
二千六百万年

(2020.5.24)

〔追記〕
本記事を書いて2年もたってから
事実を間違えていたことに
気づきました。
「クリスティの
「オリエント急行殺人事件」の
パロディなのでしょうが」と
書きましたが、「オリエント」が
発表されたのは1934年。
本作品は1921年。
本作品の方が先だった
ことに
今頃気づきました。
横溝の凄さを
改めて思い知った次第です。

(2022.5.8)

LUM3NによるPixabayからの画像

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