謎解きよりもロマンチックを楽しみましょう
「黒衣の人」(横溝正史)
(「悪魔の家」)角川文庫

去年避暑地で会った
「黒衣の人」から届いた一通の手紙。
そこには由紀子の兄・静馬の受けた
女優殺しの冤罪の
秘密が書かれてあった。
手紙の指示に従って由紀子が
殺人現場の空き家に赴くと、
飛び出してきた男は
何と恋人・慎策だった…。
由利・三津木シリーズの短篇ですが、
こちらは謎解きよりも
ロマンチックな雰囲気を
楽しむべき作品です。
由紀子の兄・静馬は
いわれなき殺人事件で捕らえられ、
罪を否認し続けたまま獄死しました。
由紀子は何とかして
兄の汚名をそそごうと
三年間悶々としていたのです。
本作品の味わいどころ①
ミステリアスな手紙と展開
冒頭の手紙からミステリアスです。
差出人は「黒衣の人」。
昨年の夏に避暑地の蓼科高原で出会った
名も知らぬ紳士であり、
由紀子はこの紳士に
信頼を寄せていたのです。
その「黒衣の人」が
三年前の殺人事件の真相を知る
手掛かりを与えてくれたのです。
その内容もミステリアスです。
「撫子模様の浴衣を着て」
「白い碁石五つ、
黒い碁石三つを持って」
「かっきり九時に
新宿駅西側ガード下に来る」、そして
「そこにいる老婆に碁石を渡す」
「老婆から一つの提灯と
一茎の釣鐘草を受け取り」
殺人現場で待機する、さらには
「かっきり十時に現れた人物に」
「殺したのは誰ですかと
尋ねる」のです。
指示を着実に履行した由紀子に
待ち受けていたのは…?
本作品の味わいどころ②
恋人は兄殺しの真犯人か?
その由紀子の前に現れたのは
何と恋人の慎策。
親類縁者のない由紀子が身を寄せている
老婦人の息子なのです。
兄に罪を着せたのは
恋人であり恩人の息子である
慎策なのか?
由紀子の苦悩は深まります。
本作品の味わいどころ③
神憑り的な由利先生の推理
例によって神憑り的な
由利先生の推理は本作品でも健在です。
由紀子が向かった殺人現場の近くに
たまたま居合わせて悲鳴を聞きつける。
由紀子の顔色一つで隠し事を見抜く。
由紀子が悪人の罠に落ちた
そのタイミングで自宅を訪問する。
そして事なきを得る。
さらにはいつどうやって調べたのか
不明なまま全てを知り抜いている。
というわけで、謎解きを
期待すべきミステリではなく、
兄と恋人両方に対する
由紀子の一途な思い、
そして最後の仕掛けの愛情物語を
楽しむべき作品なのです。
幕開けはミステリアス、
そして結末はロマンチック。
横溝の味わい深い逸品、
いかがでしょうか。
※人物配置やロマンチックな結末は、
金田一ものの
「人面瘡」と似ています。
(2020.5.31)
