友次郎、なんていい奴なんだ!
「紅梅振袖」(川口松太郎)
(「人情馬鹿物語」)講談社大衆文学館
いつも貧相な身なりをしている
縫箔職人・友次郎が、
今日はなぜか
めかし込んで現れた。
何でも大物政治家の妾・お君に
会いに行くのだという。
彼女のために友次郎は
一世一代の傑作ともいえる
光琳模様の紅梅振袖を
つくり上げていた…。
前回取り上げた川口松太郎の
「深川の鈴」は、
この作品集「人情馬鹿話」の
第四話にあたります。
第一話である本作品もまた、
深い「人情」を描いた秀作です。
読みどころはもちろん
主人公・友次郎の「人情」です。
前回同様、
「友次郎、なんていい奴なんだ!」と
口走ってしまうほどです。
友次郎の魅せる「人情」①忍ぶ恋
お互いに好いている二人であっても
一緒になることのできない運命。
かつてはそのようなものが
いくつもあったのです。
その一つが「身分の違い」でしょう。
友次郎の家主である旧華族の娘が
お君なのです。
二人はお互いに
好意を寄せ合うのですが、
それを口にすることも
できなかったのです。
現代であれば「意気地なし」で
済まされてしまうのでしょうが、
当時はそれが当たり前だったのです。
友次郎は老いた母を抱え、
お君は傾いた実家を捨て置けず、
お互いに自分の思いだけで
突き進むわけにはいかないのです。
現代では想像も難しいかもしれませんが
この「忍ぶ恋」こそ
友次郎の「人情」です。
友次郎の魅せる「人情」②
想いを編む縫箔
友次郎は腕のよい縫箔
(刺繍と金銀の箔の貼り合わせの併用で
模様を創り出す技術)の職人であり、
一寸角何円という当時であれば
かなり高額な手間賃を取れる職人です。
口にできない想いを、
精魂込めて紅梅に縫い上げる。
その一途な職人気質こそ
友次郎の「人情」です。
友次郎の魅せる「人情」③
恋い焦がれた女性の結婚を
心から喜ぶ心情
政治家の妾となったお君への想いを
友次郎は、一度はすっぱりと
断ち切ります。
その後、紅梅振袖を出展した
高級呉服展覧会会場に
姿を見せたお君は、
妾ではなく正式な妻となったことを
報告するのです。
友次郎はそれを心から祝福します。
ここもまた現代では
理解が難しいところでしょう。
妾であろうと正妻であろうと、
他人のものとなったのであれば
同じことなのですから。
しかし友次郎は自分の感情ではなく、
お君の境遇だけを考えていたのです。
だからこそ正妻となったことを
心底喜んだのです。
この凜とした男気こそ
友次郎の「人情」です。
紅梅振袖はお君に譲られ、
婚礼衣装となります。
「振袖もさぞ喜ぶでしょう。
やっと思いが遂げられて、
梅が喜んで咲くでしょう」
愛惜の念のこみ上げてくる
川口松太郎の逸品です。
大人のあなたにお薦めします。
(2020.6.29)
※私が購入したのは
講談社大衆文学館という
文庫本ですが、
現在廃刊となっています。
代わりに光文社時代小説文庫から
復刊しています。