「血蝙蝠(作品集)」(横溝正史)

横溝の作風の広さにただただ驚くばかり

「血蝙蝠(作品集)」(横溝正史)
 角川文庫

新城公園の除幕式。
打ち上げられた花火から
落ちてきたのは造花の花束。
それを拾い上げた風間は
三人の男からつけ狙われ、
狙撃までされる。
花束の中から出てきた
猫目石の指輪。
その謎を追う風間は、
公園寄贈者の娘に接触する…。
「花火から出た話」

昭和の時代に大きな人気を博した
横溝正史の旧角川文庫。
平成に入ってから復刊しているのは
金田一耕助シリーズがほとんどであり、
それ以外の作品群は
放置されたままでした。
2018年にノン・シリーズ作品を集めた
「丹夫人の化粧台」(ノン・シリーズの
ベスト盤的短篇集)が
出版されるにいたり、
角川文庫旧版の復刊はもはや絶望的と
諦めていました。

口のきけぬ妹マヤのために
友人Sが贈ってくれた鸚鵡は、
話すどころか
鳴き声すら立てなかった。
その鸚鵡の舌が
切断されていたからだ。
マヤもSもふさぎ込んでしまう。
「私」はその鸚鵡の
舌の由来を調べようとする…。
「物言わぬ鸚鵡の話」

新進スター・早苗には
秘密があった。
一年前、何者かに殺害された
先輩・歌川の所持していた
縞瑪瑙のマスコットを
手に入れてから、
幸運が転がり込んできたのだ。
歌川もまたそうして
運を掴んでいたのだった。
そのマスコットは…。
「マスコット奇譚」

そんな中で見事復刊を果たした本書は、
「探偵・由利麟太郎」の
TVドラマ化により
恩恵を被った一冊です。
全9編のうち、2編が
由利・三津木シリーズの短篇です。
それによって他の7編が
再び陽の目を見たことになります。

映画を観ていた俊介の
頭上に落ちてきた
片方だけの銀色の舞踏靴。
だが、それを落としたと
思われる女は、
俊介の制止を振り切り、
タクシーに乗り込み
立ち去っていった。
好奇心に駆られた俊介は、
もう一台のタクシーで
後を追う…。
「銀色の舞踏靴」

カフェの女給・瞳は、
いつも猿を連れて店に来る
常連・川口に想いを寄せる。
しかし川口が
そこで落ち合う女性・珠子が、
瞳には不快に思えてならない。
猿の直実も珠子を嫌っている。
ある夜、直実が血まみれで
部屋に飛び込んでくる…。
「恋慕猿」

実は本書、初版出版は昭和56年です。
当時映画「悪霊島」が封切られ、
それまでほぼすべての作品の
文庫化を終えた角川文庫が、
単行本未収録作品をかき集めて
出版した一冊でした。
出版と同時に購入したのですが、
寄せ集め的な雰囲気に、
がっかりした記憶があります。

肝試しの一番手に選ばれた通代が
目的の幽霊屋敷に到着すると、
その壁には
まだ生乾きの血で描いた
蝙蝠の絵があった。
そしてその傍らには
女性の刺殺死体が
横たわっていた。
それ以後、通代は
謎の傴瘻男に付け狙われ、
ついには…。
「血蝙蝠」

妙子が興奮しながら
夫・隆吉へ持ってきた新聞記事。
そこには美術展の
話題作の絵画が載っていた。
「X夫人の肖像」と
名付けられたその絵は、
五年前に失踪した
お澄にそっくりだった。
隆吉と妙子は
展覧会へ出かけたが、
肖像画は…。
「X夫人の肖像」

その感覚はまちがっていたことに、
40年ぶりに再読して気付きました。
今読むとどれもこれも面白く、
横溝の作風の広さに
ただただ驚くばかりです。
由利・三津木シリーズの2編
「銀色の舞踏靴」「血蝙蝠」をはじめ、
戦後の金田一シリーズには見られない
面白さばかりです。

恋人・大谷慎介の
無実の証として、
三穂子は殺された緒方の残した
「O谷」の文字の意味を解く。
それは犯人の名前ではなく、
ゴムの木に彫られた
0880番という番号だった。
緒方の共同経営者・
龍三郎とともに
ボルネオに渡る三穂子は…。
「八百八十番目の護謨の木」

特に「八百八十番目の護謨の木」は
冒険小説、
「二千六百万年後」はSFです。
こんな作品まで書いていたとは!

作家である「私」は、
眠りに落ちたまま未来へと
タイムスリップする。
第一の未来は
有翼人の支配する時代であり、
人々は翼で
空を飛び生活していた。
第二の未来は2600万年後の
卵生人の時代であり、
子育ての必要が
なくなっていた…。
「二千六百万年後」

本書の復刊を機会に、
横溝の戦前作品、特に
ノン・シリーズ作品が再評価され、
まだ復刊されていない作品群が
復活(できれば横溝生誕120年となる
再来年まで)することを
期待したいと思います。

(2020.7.19)

Larisa KoshkinaによるPixabayからの画像

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