
日米恐怖小説合戦の様相を呈しています
「百年文庫017 異」ポプラ社
百年文庫6冊目は「異」。
三編とも「異」な世界です。
日常ではありえない「異」なものが、
日常を壊します。
「人でなしの恋」では「人でないもの」、
「人間と蛇」ではもちろん「蛇」、そして
「ウィリアム・ウィルスン」では
「ドッペルゲンガー」。
それぞれが主人公の生活を翻弄し、
破壊していきます。
〔「百年文庫017 異」〕
人でなしの恋 江戸川乱歩
人間と蛇 ビアス
ウィリアム・ウィルスン ポー
「人でなしの恋 江戸川乱歩」
並外れた美男子と
結婚した「私」は、
夫が夜更けになると床を抜け、
土蔵に行くことに疑惑を感じる。
闇の中、手探りで梯子段を登り、
聞き耳を立てると女の声が。
でも、土蔵から出てくるのは
いつも夫一人。
夫の逢瀬の相手は一体…。

〔「人でなしの恋」味わいどころ〕
①「人でないもの」に恋する門野
②淡々と切ない過去を語る「私」
③えも言われぬ絵双紙的美しさ
一作目、乱歩の「人でなしの恋」では、
門野が恋していたのが表題どおり
「人ではないもの」、つまり
「異」なものなのです。
「人でなしの恋、
この世のほかの恋でございます。
そのような恋をするものは、
一方では、生きた人間では
味わうことのできない、
悪夢のような、
或いは又おとぎ話のような、
不思議な歓楽に
魂をしびらせながら、
しかし又一方では、
絶え間なき罪の呵責に責められて、
どうかしてその地獄を逃れたいと、
あせりもがくのでございます。」
門野が「私」を娶ったのは
罪の呵責からであり、でも、
その罪からはやはり逃れられずに、また
「人でなしの恋」に戻っていくのです。
「異」なものに走る門野の狂気と
それを目の当たりにした「私」の恐怖が
味わいどころとなるのです。
「人間と蛇 ビアス」
「蛇ノ眼ハ一種ノ磁力ヲ有シ、
何人ト雖モ、
一度ソノ力ニ捕エラルルヤ、
自ラノ意志ニ反シテ引寄セラレ、
蛇ノ一咬ミニヨッテ
悶死スルニ至ル」。
その一文を笑い飛ばした
ブレイトンは、部屋の片隅に、
怪しげに光る
二つの点を見つけ…。

〔「人間と蛇」味わいどころ〕
①蛇が現れても不思議でない家
②ついつい余計なことを考える
③最後になんともいえないオチ
二作目、ビアスの「人間と蛇」は、
友人の家に宿泊した
主人公・ブライトンの、
「異」なものとの遭遇について
描かれた作品です。
そんな馬鹿なこと、あるわけがない。
読み手がそう感じるように、
主人公・ブレイトンも
そう思っていたのです。
しかし、ふと
ベッドの下の暗がりに目をやると、
そこには…、「一匹の大きな蛇が
とぐろを巻いている」。
ここで考えるべきは、
人間はいかに自分で自分を
縛り上げているかということでしょう。
「異」なものとの遭遇によって
炙り出された人間の心の弱さを
じっくりと味わうべき
作品となっています。
「ウィリアム・ウィルスン ポー」
放蕩の限りをつくす
名門一族の「私」。
「私」の思うがままの振る舞いを
いつも妨げるのは、同姓同名、
誕生日まで同じ同級生、
ウィリアム・ウィルスン。
寄宿生時代のある夜、
「私」は密かに
彼の寝室に忍び込み、
その顔をのぞき込むが…。

〔「ウィリアム・ウィルスン」
味わいどころ〕
①何から何まで自分とまったく同じ
②最後は自分で自分を滅ぼした「私」
③ドッペルゲンガーか、それとも…
最後の作品、ポーの
「ウィリアム・ウィルスン」に現れる
「異」なものは、
「自分とまったく同じ人間」。
いわゆる
「ドッペルゲンガー」小説なのですが、
二人のウィリアムは
それぞれがどういう存在なのか、
謎めいています。
別個の二人のウィリアム・ウィルスンが
存在すると考えることもできるし、
ウィルスンは「私」のドッペルゲンガーと
考えることもできます。
そして、そのドッペルゲンガーは
他人も認識できる実体を持っていると
捉えることもできれば、
あくまでも一人の人間の中の心の葛藤、
いや、精神分裂病患者「私」の幻覚と
見なすこともできるのです。
まったく同じだからこその「異」。
これこそが究極の
「異」なものの恐怖なのかもしれません。
日本とアメリカの
怪奇小説文学者三人が一堂に会すると、
これほどまでに「異」が際立つのか!
日米恐怖小説合戦の様相を
呈しています。
それぞれの著者の短編集に
収められているとき以上に、
各作品の持つ恐怖が
増幅しているように感じられます。
しかもここに集められた三人の
作家どうしも関わり合っています。
「ウィリアム・ウィルスン」は
江戸川乱歩訳(実は名義貸しで
あることがわかっています)。
もともと江戸川乱歩という
ペンネームの由来が
エドガー・アラン・ポーであることは
周知の事実です。
また、乱歩はビアス作品の翻訳も
手がけました。
言ってみれば乱歩とそのお気に入り作家
作品集なのです。
子どもたちにぜひ薦めたい
百年文庫シリーズなのですが、
本書はちょっと薦めるのを躊躇する
一冊です。でも、
大人の貴方になら薦められます。
怖いもの見たさに、
ぜひご賞味ください。
(2020.7.22)
〔関連記事:百年文庫〕



〔百年文庫はいかがですか〕
〔青空文庫〕
「人でなしの恋」(江戸川乱歩)
〔光文社文庫「江戸川乱歩全集」〕
〔ビアスの本はいかがですか〕
〔たくさんあるポーの文庫本〕

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