野分のように激しい夕霧の思春期の訪れ
「源氏物語 野分」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館
六条院を台風が襲う。
庭の萩が気になり、
端近に出た紫の上を、
偶然にも夕霧が覗き見てしまう。
初めて見る紫の上の美しさに、
夕霧は心を奪われる。
その後、紫の上のことが
心から離れない夕霧の態度を、
源氏は直感的に見抜く…。
源氏物語第二十八帖「野分」。
読みどころはまさしく野分(台風)です。
どのくらいの台風か?
夕霧の祖母・大宮の発した言葉に
手がかりがあります。
「ここらの齢にまだ
かく騒がしき野分にこそ
あはざりつれ」
(この歳になるまで
こんなひどい台風には
一度も遭っていない)
昨今の言い方に倣えば
「数十年に一度あるかないかの」台風、
もしくは「これまでに
経験したことのないような」台風であり、
「警戒レベル5相当」ということに
なるでしょう。
また、
「殿の瓦さへ残るまじく
吹き散らすに、
かくてものしたまへること」
(御殿の瓦をすべて
吹き飛ばすような風の中に
よくまあ訪ねてくださった)
調べてみると、
歩行が可能でありながらも
屋根瓦を吹き飛ばす風の強さとは、
平均風速25~30m/sという
あたりでした。
この台風、場合によっては
2019年19号台風
(上陸直前の最大風速40m/s)に
匹敵する可能性もあります。
さて、台風が揺れ動かしたのは、
庭の萩の花や六条院の邸宅だけでは
ありませんでした。
強風に備えて屏風や調度品が
片付けられていたので、
紫の上の部屋は外から
丸見えだったのです。
偶然渡り廊下にさしかかった夕霧は、
紫の上の姿を目撃、心を奪われます。
紫の上の容姿を
「おもしろき樺桜の
咲き乱れたるを見る心地す」
(華やかな樺桜が
咲き乱れているようだ)と表現した
夕霧は、次いで見た憧れの玉鬘を
「八重山吹の咲き乱れたる盛りに
露かかれる夕映え」
(八重山吹の花の盛りに
霞がかかった夕映え)と形容します。
それまで雲居雁に恋い焦がれていた
夕霧の心は、
女性の美しさに感応しはじめたのです。
夕霧十五歳。
思春期真っ盛りの年齢であり、
当然のことなのです(もっともすでに
雲居雁とは関係を持っているのですが)。
玉鬘十帖の中で、本帖は
玉鬘でもなく源氏でもなく
夕霧に焦点を当てているのです。
父・源氏とは異なり、
生真面目で堅物な夕霧に訪れた思春期。
それは作者・紫式部が擬えた
「野分」のように
激しいものだったのでしょう。
(2020.7.25)