
女名探偵登場、完成作品とは異なる味わい
「赤い水泳着」(横溝正史)
(「赤い水泳着」)出版芸術社
海岸のホテルで静養中の芳子は、
新婚夫婦と
その夫の旧知の女性との邂逅を
横目で見ながら、
そこに事件の予感を感じていた。
その夕方、芳子は
バルコニーの下の白い道に
赤い斑点が現れるのを目撃する。
その真上には赤い水泳着が…。
赤い水泳着からしたたり落ちる
「赤い液体」の正体は何か?
あまりにもわかりすぎる謎かけです。
芳子の予感通り、新婚夫婦の一方が
死体で発見されたのです。
単なる「事故死」で終わるところを、
探偵もどきの芳子が
その謎を解き明かします。
昭和4年に発表された、
横溝正史の短篇作品「赤い水泳着」です。
〔主要登場人物〕
芳子
…好奇心旺盛な女性。海岸のホテルの
テラスで耳にした会話から、
事件の匂いを嗅ぎ取る。
遠藤梨枝
…新婚妻。がけから転落して死亡。
遠藤
…梨枝の夫。
木澤浪子
…遠藤の旧知の女性。
〔事件の概要〕
①芳子、テラスにて
遠藤夫妻と木澤浪子の会話を聞く。
②遠藤夫妻が海から帰り、その後、
梨枝だけが海へと出かけるのを
ボーイが目撃する。
③芳子、ホテルの庭で、
白い砂の上に赤い斑点が
現れては消えるのを目撃する。
④芳子、遠藤と浪子の会話を耳にする。
⑤翌朝、梨枝の遺体発見。
⑥芳子、砂の下から血痕を発見。
犯人と対峙。事件解決。
本作品は実は前回取り上げた
金田一耕助シリーズの「赤の中の女」の
原形にあたる作品です。
横溝は改作癖があり、
自作を次々に改編改作し、
より完成度の高い作品に
拵え直しています。
「人面瘡(1949年版)」
→「人面瘡(1960年版)」のように
マイナー・チェンジで
済ませているものもあるのですが、
本作品の場合、骨格を残して
フルモデル・チェンジしています。
その読み比べが面白さを引き立てます。
本作品の味わいどころ①
シンプルすぎる人物配置
完成作品「赤の中の女」も
登場人物は限られていたのですが、
原形である本作品は、
一層シンプルとなっています。
「赤の中」の榊原夫妻は遠藤夫妻、
安西恭子は木澤浪子、
永瀬重吉にあたる人物は
登場しないのです。
結局、登場人物のうち、
主人公で探偵役の芳子と
被害者の梨枝を除けば、あとは
遠藤夫と浪子しか残りませんので、
犯人はばればれなのです。
もちろん本作の謎解きは
犯人捜しではなく、
トリックを見破ることにあるのです。
必要最小限の人物のみで、
トリックを見事に生かしきった作品と
捉えるべきでしょう。
この、シンプルすぎる人物配置こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
被害者の赤い水泳着の謎
もちろん「赤の中」と同様、
本作品も水泳着の「赤い色」が
メイン・トリックとなっているのです。
しかし完成作品が、
「人間の思い込み」という
心理的トリックのみに
とどまっているのに対し、
原形である本作品は、
水泳着の「赤い色」で
「目立たなくなるもの」という
もう一つの要素も含ませています。
この「赤い色」のメイン・トリックこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
もっともそちらの方は、
「砂の上にしたたり落ちたあとに
見えなくなる」という不自然さに、
横溝自身も不満を感じたのか、
「赤の中」では割愛されています。
また、被害者・梨枝の着装は
「赤の中」のように、
ワンピースからケープ、帽子まで、
すべて赤一色というわけでは
ありません。
水泳着だけが「赤」なのです。
その点が完成作品とは異なります。
その水泳着からしたたり落ちたものが
赤い色だったことから
すべてが解き明かされていくのです。
なお、「水着」ではなく「水泳着」とは
古風な言い方ですが、
本作品は昭和4年の発表ですので
しかたありません。
現代ではさしずめ
スウィム・スーツというべきでしょうか。
本作品の味わいどころ③
女名探偵になり得た芳子
シンプルな登場人物が
本作品の特徴なのですが、
「赤の中」では、ほかに
怪しさを漂わせた青年・氏家直哉、
そして事件捜査にあたる
金田一、等々力、浅見警部補などが
登場しています。
実は原形作品では
それらすべての役割を、
主人公・芳子が引き受けているのです。
関係者の会話から事件を予感し、
砂の上に現れた赤い斑点から
「事件の証拠」を見抜き、
事件に積極的に関与し、
強い意志で犯人と対峙し、
事件の謎を解いていくのです。
いわば女性名探偵・芳子なのです。
この、主人公・芳子の探偵姿こそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
それだけ存在感のある芳子なのですが、
そもそも苗字が与えられていません。
フルネーム(例えば「桜木芳子」のように)
であれば、さらに
インパクトが大きかったはずです。
また、
芳子の「事件に対する嗅覚」の理由を、
「一年前の出来事」という
偶然の産物にし、それも
「後出しじゃんけん」的な
提示になってしまったのも
惜しまれます。
些細な証拠から事件であることを
見抜くような設定であれば、
間違いなく「女性探偵」の
誕生だったのではないかと思われます。
おそらく横溝にはそうした
「女性探偵」の発想はなかったものと
思われます。
それゆえに戦後に入り、
本作の骨格のみを残して大改稿を断行、
本作は金田一ものへと昇華したのです。
初期作品とはいえ、
現代でも十分味わえる面白さを
内包した作品でもあるのです。
そして横溝の
改稿作業の道筋を知る上でも
貴重な一篇となっています。
「初期作品」「原形作品」といわずに、
ぜひご賞味ください。
(2020.7.26)
〔完成作品「赤の中の女」〕

〔「赤い水泳着」出版芸術社〕
一個のナイフより
悲しき郵便屋
紫の道化師
乗合自動車の客
赤い水泳着
死屍を喰う虫
髑髏鬼
迷路の三人
ある戦死
盲人の手
薔薇王
木馬に乗る令嬢
八百八十番目の護謨の木
二千六百万年
(2020.7.26)
〔関連記事:横溝正史ノンシリーズ作品〕



〔横溝正史探偵小説コレクション〕


【今日のさらにお薦め3作品】



【こんな本はいかがですか】









ラバン船長さん、初めまして。初めてコメントを書かせて頂きます。
墓村さんの動画、いつも楽しく視聴させて頂いています。私は横溝先生の作品が好きですので、味わいどころは既読の作品は「なるほど」と思い、未読の作品は読む時の参考にしようとか思いながら観ています。
「赤い水泳着」登場人物の少ない短い話なので、とても分かり易いですが、本格ミステリーを好む人には物足りないかもしれませんね。後の「赤の中の女」は「赤い水泳着」が未読の人には面白く読めるかもしれませんね。
出版芸術社から刊行された「赤い水泳着」は、他にも「紫の道化師」「盲人の手」「木馬に乗る令嬢」のような角川文庫にも春陽文庫にも掲載されていない作品があるので、非常に興味深く読む事ができました。
リクエストが叶うとしたら、墓村さんの動画で「紫の道化師」の味わいどころを紹介して頂きたいです。あの人の謎めいた行動や徐々に正体が分かっていく過程が面白く、とても魅力的です。できればシリーズ化されれば良かったのにと思っています。
「紫の道化師」をより洗練させたのが「幽霊騎手」と思いますが、こちらの味わいどころも紹介して欲しいです(できればですけど)。こちらもシリーズ化されて欲しかったです。
こんばんは。
コメントありがとうございます。
出版芸術社の「赤い水泳着」は、なかなかに面白い作品が収録されています。
娘と相談しながら取り上げていきたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。