「性」と「生」と「死」を描いた現代文学の傑作
「学問」(山田詠美)新潮文庫
結婚の約束をした
無量と素子の二人は、
中学生になっても
相思相愛だった。
仁美・心太・千穂・無量は、
素子に仲間に加わるよう
誘いかけるが、素子は「四人は
特別な関係だから」と断る。
そんな素子は、国語教師に
敵意の視線を向け…。
「性」を主題として
編み上げられた本作品、
「学問(一)」「学問(二)」は
穏やかな時間が流れていくのですが、
後半は一転して流れが激しくなります。
「学問(三)」では、
猥褻国語教師・野々村を、
素子と仁美・心太が
糾弾する様子が描かれます。
クラスの加代子はどうやら
野々村と関係を持ち、
妊娠したらしいことを仁美は知り、
悩みます。
まだ生理が来ていない
自分がいる一方で、
もう子どもを宿してしまった
同級生がいるという
その差異に困惑するのです。
その後の野々村の自殺にも、
「自分たちが追い詰めたのではないか」
という不安を感じ、
仁美は不安に駆られます。
それに対して
心太の発した言葉が印象的です。
「おれ、ただ、
ちゃんと死んだ人が好きなだけだ。
あいつ、そうじゃなかったじゃん」
そうです。本作品の
もうひとつのテーマは「生」と「死」です。
「性」が「性」と切り離されないのと同様、
「死」もまた「生」と表裏一体なのです。
心太の言う「ちゃんと死ぬ」ことは
「ちゃんと生きる」ことと
同義なのでしょう。
各章の冒頭には、登場人物たちの
死亡広告が挿入されるという
異例の形式です。
「学問(一)」の冒頭では
主人公・仁美(本作品は何と
主人公の死亡広告から
始まっているのです)、
「学問(二)」では無量、
「学問(三)」では千穂、
「学問(四)」では素子、
さらに(四)の終末で心太の死亡が
取り上げられているのです。
だからといってその「死」が
暗い影を落としているわけでは
ありません。
子どもたちのその後、
つまり最後まで「生」き切った人生が
説明されているのです。
無量と素子はその後結婚し、
幸せな夫婦生活を営んでいたこと、
千穂は18歳という年齢で
事故死したものの、
自分の大好きな「睡眠」中であったこと、
心太は貧困から脱し、
大学で教鞭を執るに至ったこと、
仁美と心太は結局結ばれなかったこと、
しかし仁美は晩年、心太の一人息子と
年の離れた兄弟のような
同居生活を営んでいたことが
報告されています。
五人とも「ちゃんと」生き切ったのです。
少年少女の「性」と「生」と「死」を描いた
現代文学の傑作です。
中学校3年生に
自信をもって薦めたい一冊です。
※「学問(四)」は、いささか
性表現過多の印象がありますが、
身のまわりと違う世界を
疑似体験することも
読書ならではのものです。
中学生に薦めるべき本としては
賛否が分かれると思われますが、
それ以上に深い感銘の味わえる
作品だと考えます。
※五人の死亡広告は「週刊文潮」なる
週刊誌に掲載されたものという
設定ですが、
仁美は享年68、無量は102、
千穂18、素子81、
心太36となっています。
5人とも1962年生まれですから、
それぞれの広告の掲載年は
千穂1980年、心太1998年、
仁美2030年、素子2043年、
無量2064年ということになります。
ノスタルジックな小説なのですが、
実は遠い未来を
描いてもいたのでした。
(2020.7.27)