日本最初の源氏物語現代語訳
「与謝野晶子の源氏物語 上・中・下」
(紫式部/与謝野晶子訳)角川文庫
桐壺更衣の生んだ皇子・光源氏は、
類い希なる美貌とともに
学問や芸能に
秀でた才を発揮する。
臣下となった源氏は
左大臣の娘・葵の上と結婚するが、
空蝉や軒端の荻、夕顔などと
関係を結ぶ。
なかでも継母・藤壺への
思いを断ちがたく…。
阿部秋生校訂の書き下し文を
読み進めていますが、
立ち往生するたびに
いろいろや資料や解説文、
現代語訳を参照しています。
その一つが本書・与謝野晶子訳です。
角川文庫から出版されていて、
全3巻となっています。
購入した段階から不思議でした。
言葉を補いながら
丁寧に現代語訳している瀬戸内源氏が
全10巻・総頁数4000あまりになるのは
別格として、
原文を尊重している谷崎源氏でさえ
全5巻・総頁数2500以上になるのです。
それに対して与謝野訳は1300頁程度。
あまりに少なすぎます。
原文と照らし合わせると、
訳されていない場面が
いくつも見つかります。
とくにこの上巻450頁には、
「桐壺」から「行幸」までの29帖
(なんと全54帖の半分!)が
収録されているため、
切り捨てられた部分の総量は
かなり多くなっているのです。
ただでさえ短い「篝火」の帖は、
なんと2頁しかありません。
さらに驚くべきことに、
青空文庫から公開されている
「与謝野晶子訳源氏物語」とは、
文章が全く異なります。
第一帖「桐壺」の冒頭からして
食い違っているのです。
「いつの時代であったか、
帝の後宮に多くの妃嬪達があった。」
(角川文庫)
「どの天皇様の御代であったか、
女御とか更衣とかいわれる後宮が
おおぜいいた中に、」
(青空文庫)
これは一体どうしたことか?
調べてようやくわかりました。
抄訳版なのです。
与謝野晶子は生涯に三度
源氏物語を訳していて、
角川文庫から平成20年に
出版されたものはその第一回目
「新訳源氏物語」の方であり、
ところどころ省略されている
「抄訳」版だったのです。
そして青空文庫は三回目の
「新新訳源氏物語」の方を
採用していたのでした
(二回目の原稿はその途中で
関東大震災により焼失したらしい)。
「本」とは「情報」です。
そうした「情報」もまた
「本」のどこかにきちんと
記載されているべきものであり、
角川文庫の処置は
全く不親切なものです。
読み手の立場に立っているとは
思えません。
さらに角川文庫はその4年後に、
今度は三度度目の
「新新訳」を出版しています。
出版姿勢に一貫性がないのも
気になります。
出版社の姿勢はともかく、与謝野訳は
日本最初の源氏物語現代語訳であり、
その価値はいささかも
減じることはありません。
ぜひご一読を。
(2020.8.1)