おかしくて切ない、切なくてあたたかい
「唐来参和」(井上ひさし)
(「日本文学100年の名作第7巻」)
新潮文庫
吉原の年老いた女郎・
お信のもとを同心が訪ねる。
唐来参和という
黄表紙作家のことを
調べているのだという。
その女郎はかつて、
唐来参和を名のった源蔵と
夫婦として暮らした
時期があった。
老女郎の語り明かす
参和の生き様とは…。
タイトルの
唐来参和(とうらいさんな)は人名。
調べてみると、
実在の人物(1744?~1810)でした。
江戸後期の狂歌師・戯作者であり、
通称・和泉屋源蔵。武士の出身。
洒落本「和唐珍解」、
黄表紙「莫切自根金生木
(きるなのねからかねのなるき)」
などを著しました。
この唐来参和、
かなりハチャメチャな作品を
書いていたようです。
「莫切自根金生木」
大金持ちの「萬々」は
金がありすぎて苦しむ。
金貸し・博打・富札等、
散財するたびに逆に金が増える始末。
ついに蔵の金銀すべてを
海へ捨てさせるが、
その金銀が空を飛び、
「萬々」の蔵めがけて飛んでくる…。
まるで以前紹介した
井上の「ブンとフン」のような
奇想天外な作品を書く
戯作者だったようです。
そこから井上は、酒が入ると
何でも人の言ったことの
逆を進もうとする破天荒な
唐来参和像を創り上げたのでしょう。
老女郎の一人語りで進行しますが、
折々に挿し入れられる昔語りが
筋書きを立体的にしています
(「ナイン」や「握手」と同様の手法)。
お信が「侍をやめるわけには
いかないでしょう。」と諭すと、
「ようし、やめてやろうじゃないか」。
医者をこころざした源蔵に
お信が「この江戸で
勉強なさいまし」と勧めると、
「なにが江戸で勉強なさいまし、だ。
お前を吉原に叩き売ってでも、
おれは長崎に行くからな」。
何と妻を女郎屋へ
売りとばしてしまいます。
酒が入ると
天邪鬼が強烈に顔を出すため、
源蔵は長崎でも半年しかもたず、
帰ってきます。
その性質を理解したお信は、
逆手にとって源蔵をけしかけ、
浮世絵の印刷職人、
そして洒落本作家へと
源蔵を誘導します。
ここまでは順調でした。
しかし二度目の祝言の席で再び失敗、
源蔵はお信を
再び遊郭へ売り飛ばしてしまうのです。
妻を二度も売り飛ばす。
極悪非道のようですが、
最後の場面でほろりとさせられる
仕掛けになっています。
可笑しみの奥に悲しみが潜み、
哀しみの先に暖かみが隠れているのが
井上ひさしの作品の特徴です。
おかしくて切ない、
切なくてあたたかい本作品、
大人のあなたにお薦めします。
※本作品は
中公文庫刊「戯作者銘々伝」に
収められている短編ですが、
しばらく絶版状態でした。
それが知らないうちに
光文社時代小説文庫から
復刊していました。
近々入手して
読んでみたいと思います。
※本作品は、
名優小沢昭一の一人芝居として
親しまれています。
DVDも出ているようですが、
私はまだ観ておりません。
※「日本文学100年の名作第7巻」
収録作品一覧
1974|五郎八航空 筒井康隆
1974|長崎奉行始末 柴田錬三郎
1975|花の下もと 円地文子
1975|公然の秘密 安部公房
1975|おおるり 三浦哲郎
1975|動物の葬禮 富岡多惠子
1976|小さな橋で 藤沢周平
1977|ポロポロ 田中小実昌
1978|二ノ橋 柳亭 神吉拓郎
1979|唐来参和 井上ひさし
1979|哭 李恢成
1979|善人ハム 色川武大
1979|干魚と漏電 阿刀田高
1981|夫婦の一日 遠藤周作
1981|石の話 黒井千次
1981|鮒 向田邦子
1982|蘭 竹西寛子
(2020.8.7)
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