「うさぎパン」(瀧羽麻子)

では彼女の抱えていた「問題」とは何か?

「うさぎパン」(瀧羽麻子)幻冬舎文庫

お嬢様学校育ちの優子は、
同級生の富田と
大好きなパン屋巡りを始める。
継母と暮らす優子と
両親が離婚した富田。
二人は互いへの淡い思いと
家族への気持ちを深めていく。
そんなある日、
優子の目の前に
思いがけない女性が現れ…。

その「思いがけない女性」とは、
三歳の時に死に別れた母親・
聡子なのです。
それも家庭教師・美和の体に憑依して。
初読の際は大きな違和感を覚えました。
それまで高校生のほのぼのとした
交際について描かれていた筋書きの、
半分程度にさしかかったところで
唐突に現れるSF的要素。
霊魂の憑依という
オカルトチックな設定にしては、
明るい雰囲気を
いささかも崩さない文体。
作品設定の肝の部分が
全く生かされていないという
印象を持ちました。

それは違いました。
再読してようやく理解できました。
その部分が重要なのではないのです。
本作品の読みどころは、
やはり主人公・優子の
人間的成長の軌跡にあるのです。

優子がそれまで内面的に何か問題を
抱えていたわけではありません。
継母・ミドリと
それなりに仲良く暮らしていて、
高校入学後の人間関係作りも
順調に進んでいたのです。
ほどんど「ドラマ」になる要素は
「ない」と言っていいくらいです。
では彼女の抱えていた「問題」とは何か?

一つは父親に対してネガティブな
感情を持っていたことでしょう。
聡子が亡くなって
間もなくミドリと結婚した父親に、
心の底では
不信感を持っていたのでしょう。
しかしその感情も、聡子が
どれだけ夫を愛していたかを知り、
氷解するのです。

もう一つは、
優子に実母・聡子の記憶がないこと、
これこそが彼女が無意識のうちに
内側に押さえ込んでいた
より大きな「問題」だったのでしょう。
聡子が消えていく最後の瞬間、
彼女は幼いときに封じ込んだ記憶を
よみがえらせるのです。

こうした優子の成長が、
実に淡々と描かれています。
ドラマチックではありません。
日常の些細な出来事の
繰り返しのように流れていくのです。
だからこそ読み終えた後の
爽快感につながるのだと思います。

加えて近年まれに見る
純粋な高校生たちの姿に感動です。
デートがパン屋巡りに遊園地。
優子とその恋人の富田、
そして友人・早紀。
これら三人の人物像こそ
高校生一般の姿だと思うのです。

性的な部分を不必要に誇張したり、
何かと刺激的な事件を設定する
昨今の状況において、
本作品の存在は貴重です。
ぜひ中学校1年生に薦めたい一冊です。

(2020.8.11)

fuaさんによる写真ACからの写真

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