人間は変わることができると、素直に信じられる作品
「ともしび」
(ラーゲルレーヴ/イシガオサム訳)
(「百年文庫051 星」)ポプラ社
華々しい戦果を挙げていた
十字軍の将軍ラニエロは、
その戦いごとに最善の戦利品を、
聖堂に捧げることを
自らに課していた。
エルサレム陥落の戦いの褒美は
聖火だった。
彼は聖火を、
フィレンツェの聖堂まで
自ら運ぶ決意をする…。
ラーゲルレーヴという
はじめて名前を聞く作家の作品です。
本書の3分の2を占めていますので、
短篇というよりは
中編くらいの作品です。
内容については
いささか説明を要します。
ラニエロはなぜ十字軍に参加したか?
妻に愛想を尽かされたからです。
それというのも
彼は妻に愛されたい一心で
自分の剛胆さを示すのですが、
それはことごとく
彼女や彼女の親族の
不利益となったからです。
ラニエロはなぜ戦利品を
フィレンツェの聖堂に捧げたか?
自分の武功を故郷に、
というよりも別れた妻に
知らしめたくてのことなのです。
自分の出世を知れば、
妻は再び自分の元に
返ってくると信じていたのです。
ラニエロはなぜ聖火を
自ら運ぼうとしたのか?
部下が尻込みして
誰も引き受けようとしなかったから、
そして言い出した自分も
引っ込みがつかなかったから、
ただそれだけです。
でも、蝋燭を継ぎ足しながら
火を消さずにエルサレムから
フィレンツェまで持ち帰る。
それは簡単なことではありません。
2000km以上という
距離だけの問題ではありません。
馬の背に後ろ向きでまたがり
風が当たらないようにする、
ともしびを守るために
襲ってきた盗賊にすべてを差し出す、
人びとの笑いや蔑みに耐える、
巡礼者に蝋燭を恵んでもらう…。
困難と辛苦の連続なのです。
しかし、
かつてない事態を経験するうちに、
ラニエロは変わっていきす。
「自分がもう
エルサレムを立ったときと
同じ人間ではないことをさとった。
《この火がわたしを
つくりかえたのだ》」
火は弱く、
風の一吹きで消し去ってしまいます。
しかし、自分の力は、
そうした弱い者を守るためにこそ
あることに気付いたラニエロ。
最後は奇跡が起こります。
いい作品に出会うことができました。
「人間は変わることができる」。
素直にそう信じられる作品です。
ラーゲルレーヴ、
知らなかったのは私の不勉強。
彼女はスウェーデンを代表する、
女性初の
ノーベル文学賞受賞作家でした。
(2020.8.14)