「大きくなる日」(佐川光晴)

大人も日々悩み成長しているという事実

「大きくなる日」(佐川光晴)
 集英社文庫

保育園での夏祭りの日、
足の不自由なまゆかに
配慮しながら
しっかりと太鼓を
たたくことができた太二を、
おかあさんは強く抱きしめる。
それをいさめる姉・弓子に対し、
太二は答える。
「きょうのは、ぜんぜん
イヤじゃなかったよ」…。
「第1話 ぼくのなまえ」
 太二:保育園年長組

少年・横山太二を軸として、
彼が成長する10年間の、
周囲に起きる出来事を綴った
連作短編集です。
「大きくなる日」の表題の表すとおり、
そのエピソードの中心人物の
「成長した瞬間」が描かれています。

おばあちゃんの容態が急変し、
おかあさんがその看護に向かう。
おかあさんとおとうさんの
仲が悪くなったことを、
健斗は気に病む。
健斗は、次の金曜日、
おばあちゃんの家で、
家族三人でおばあちゃんの
看護をすることを提案する…。
「第2話 お兄ちゃんになりたい」
 健斗:小学校二年生
 太二:小学校二年生

日本に来て
まだ半年のマリルウは、
フィリピンとの文化の違いに
戸惑うことが多かった。
小学校の運動会の日、
息子・ロニーは
徒競走で1位になるものの、
水筒の中にコーラを
入れてきたことから
友人たちと
トラブルになりかける…。
「第3話 水筒の中はコーラ」
 ロニー:小学校三年生
 太二:小学校三年生

第1話は幼い太二が
足の不自由な女の子に
最初はいらだちながらも、
思いやることを覚えた瞬間が、
第2話は両親の不仲に心を痛めた
健斗の思いが実を結んだ場面が、
それぞれ鮮やかに描出されています。
第3話は、
文化の違いに起因するトラブルを
乗り越えようとするロニーの姿が
母親マリルウの目線から
語られるのですが、
ロニーだけでなくマリルウもまた
成長していることがわかります。

三泊四日で
中国へ出張していた父は、
帰宅するなり激怒した。
弓子の成績が
極端に悪かったからだ。
「勉強がしたいから」と進学した
私立中学校は
居心地がいい場所ではなく、
弓子はわざとテストに
間違った答を
記入したのだった…。
「第4話 もっと勉強がしたい」
 弓子:中学校三年生(太二の姉)
 太二:小学校五年生

息子・浩平の所属する
サッカー・チームの
コーチを務める亮平のもとに、
川田から連絡が入る。
息子・智彦が
チームを辞めたいのだという。
折しもチームは大会を勝ち進み、
これから決勝戦を迎えていた。
亮平はどう立ち回るか悩む…。
「第5話 どっちも勇気」
 亮平:40歳
 浩平:小学校六年生
 太二:小学校六年生

閉園時間の7時が迫った頃、
保育士・満里子は
園児・まさとの母親から、
もう少しで到着するという
連絡を受ける。
市では閉園時間に
三回遅刻した場合、
翌年の入園を
受け付けないという
規則があった。
満里子はその対処に悩むが…。
「第6話 保育士のしごと」
 満里子:28歳
 太二:小学校六年生
 (時系列に従えば)

第4話では素直になれなかった
弓子の心の氷が融ける様子に
心を打たれます。
第5話も
サッカーのクラブ活動を通しての、
亮平・浩平親子の成長が
まぶしい限りです。
第6話だけは太二が登場しません。
子どもの成長ではなく、
若い保育士の心の成長が綴られます。

グーパーじゃんけんで
人数の少ない方が
コート整備をする。
それが太二の所属する
テニス部のルールだった。
太二は同級生・武藤に
パーを出そうと持ち掛けられ、
そのため末永一人が
負けてしまう。
心にモヤモヤを抱えたまま
太二は…。
「第7話 四本のラケット」
 太二:中学一年生

良子は三歳の時に
母親を亡くして以来
父子家庭だったが、
今は父親とうまくいっていない。
良子は先輩であり男子テニス部の
キャプテンでもある
太二に憧れていた。
太二の最後の試合を、
良子は親友のモエと
応援に行くが、そこで…。
「第8話 本当のきもち」
 良子:中学二年生
 太二:中学三年生

仁美は息子・太二の
謝恩会の準備を、テニス部の
保護者とともに進める。
しかしなぜか武藤の母だけは
非協力的だった。
夫は新しい仕事に打ち込み、
娘・弓子は大学進学、
今また太二が中学を卒業する。
仁美は
取り残された感覚を抱き…。
「第9話 やっぱり笑顔」
 仁美:太二の母
 太二:中学三年生

第7話ではいじめにつながる問題を、
教師にも先輩にも頼らずに
自分たちで解決しようとする
太二の健気な心が、
第8話では良子の
父親に対するわだかまりが
一気に解決する過程が、
爽やかに描かれています。
最後の第9話では、
太二の母親・仁美の
子離れが必要な時期に来ていることへの
自覚が語られます。

それぞれの場面でのそれぞれの成長。
私たちの周囲でも、
いろいろな場面を通して、
子どもであれ大人であれ
成長を遂げているのだろう。
そんなことを気づかせてくれます。

子ども向けに編まれたものでは
ないのかもしれませんが、
子どもだけでなく大人も
日々悩み成長しているという事実が
描かれた作品として、
第7話の太二と同じ年齢である
中学校1年生に薦めたいと思います。

(2020.8.20)

Sasin TipchaiによるPixabayからの画像

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