「きみ子」(ハーン)

ハーンの描く古き良き時代の日本人

「きみ子」(ハーン/平井呈一訳)
(「百年文庫031 灯」)ポプラ社

才色兼備で
日本美の理想にかなった女性、
一千万人に一人というべき
典型的美人と言われた初代君子。
彼女は金持ちの男にも
決してなびかず、
花柳界に気高く君臨していた。
そんな名妓・君子が、
ある日忽然と
芸者街から姿を消した…。

ラフカディオ・ハーンといえば怪談、
怪談といえばラフカディオ・ハーン。
姿を消した美人奴は、
さては妖怪変化か。
ついついそう思ってしまいますが、
ハーンは決して
怪談・奇談ばかりではないのです。
美しい日本人気質を
積極的に海外に紹介していたのです。
本作はその一編です。

あれだけ完璧な芸奴、
美しさだけでなく、
男の欲求をするりとかわし、
そのくせ男を決して傷つけない、
花柳界きっての
超エース級的存在だった君子。
そんな君子が姿を消したのは、
もちろん男と一緒になってのことです。

そこで終わってしまえば、
小説にも何にもなりません。
ハーンは一体何を
日本的な美として描いたか?

一つは君子(本名はあい子)が
芸奴へと身を落とすまでの
いきさつと心情です。
良家の子女として
育てられた少女・君子は、
維新の激動の中に父親に死なれ、
母と妹を養うために
自らを芸者へと身売りする
顛末が描かれます。
「『お母はん、もうほかに
 どうしょむもないさかえ、
 わてを芸子に売っとおくれやす。』
 母は、ただ泣くばかりで、
 それには返事をしなかった。
 あい子は、
 涙ひとすじこぼさなかった。
 そして、まもなく、
 ひとりで家を出て行った。」

もう一つは、
失踪してからの君子の身の振り方です。
愛した男とも
決して一緒にはなれないことを
理解しているのです。
「私のような女子が、
 こんなりっぱなお家の
 御寮んはんになって、
 あんたはんの子供を産んだり、
 …ほんな資格、
 私にはあれしまへん。
 あんたはんは、
 どこぞ御良家から
 美しい御寮んはんを
 おもらいやして、
 その方があんたはんの子供はんの
 お母やんにならはりますのどすえ。」

その言葉どおり、
君子はやがて引き際を覚り、
家を出て…。
さらにその後のことは
ぜひ読んで確かめて欲しいと思います。

「自分と、
 自分をむかし愛してくれた
 女との距離、
 それはもう、
 恒星と恒星とのあいだの
 距離ほどにも隔り去っている」

このアンソロジーのテーマは「灯」。
遙か彼方に
ぼんやりとともった明かりのように、
一生を他者の灯として生きた
日本人女性・君子。
ハーンの描く古き良き時代の
日本人像が、ここにあります。

(2020.8.25)

Vihar AndonovによるPixabayからの画像

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA