「怪談」(ハーン)

単なる「恐いはなし」ではないのです

「怪談」(ハーン/田代三千稔訳)
(「怪談・奇談」)角川文庫

江戸の紀の国坂には
狢がうろつくという。
ある晩、一人の商人が
紀の国坂を登っていると、
さめざめと泣いている女が
目についた。
心配した商人が声をかけると、
女は袖を下ろして顔を見せたが、
そこには
目も鼻も口もなかった…。
「むじな」

Long, long ago,
there was a lonely slope
in the city of Edo.
One night, at a late hour,
an old man was hurrying up
the slope.
Then he saw a woman …。
中学生の頃、
英語の時間に暗唱させられました。
本作品の一篇(の原文)、「Mujina」です。

英語の教科書で読んだ
「むじな」以外にも、
「耳なし芳一のはなし」「ろくろ首」
「雪女」と、何らかの形で一度は
聞いたことのあるものが続きます。
そのせいもあって、私はこれまで
ハーンの「怪談」を甘く見ていました。
子どもだましの「恐いはなし」だろうと。
読んでみてわかりました。
単なる「恐いはなし」ではないのです。

「おしどり」では、
ある鷹匠がつがいのおしどりの
一方(雄)を射落とします。
その晩、夢枕に女が立つのですが、
女は鷹匠を呪い殺すのでもなく、
脅すのでもありません。
泣きながら切々と非道を訴え、
そして
「日暮るればさそいしものを赤沼の
 真菰がくれのひとり寝ぞうき」

歌を詠むのです。

「はかりごと」では、
間違いを犯して刑を受ける罪人が、
主人に対し死後の復讐を誓います。
「ならば首をはねた後で
目の前の飛び石に噛みついてみろ」と
言い渡した主人に対し、
罪人の首は見事に胴体から離れた後、
石に齧り付くのです。
そこからどんな恐ろしい話が
展開するのかと読み進めると…。
何事も起こりません。
「あいつは、飛び石に
 噛みつこうという
 一念を抱いたまま、死んだんだ。
 そして、その一念は
 遂げられたのだが、
 それでおしまいさ。
 そのほかのことは、
 すっかり忘れたに相違ない」

このように、「恐ろしさ」が
前面には出ていないのです。

読み手を怖がらせようという気持ちは、
作者・ハーンには
これっぽっちもなかったのでしょう。
日本に伝わる怪談を集め、
そこに自らが愛した日本人の情緒や
もののあわれを注ぎ込み、
美しく仕上げたという印象を受けます。

おそらく冒頭に掲げた「Mujina」掲載の
英語教科書がいけなかったのでしょう。
「怪談」17篇中、最も単純な「むじな」が
中学校段階で
すり込まれてしまったがために、
ハーンの「怪談」とは単なる
「怖いはなし」という先入観を、
私たちは持ってしまっていたのでは
ないでしょうか。
「百聞は一読にしかず」です。
読まないとわからないのです。
ぜひ読んで、ハーンの愛した
日本の情緒を体感してみませんか。

(2020.8.25)

Khusen RustamovによるPixabayからの画像

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