そこから見えるものは人間の「心の闇」
「進歩の前哨基地」(コンラッド)
(「百年文庫007 闇」)ポプラ社
アフリカに送り込まれた
貿易会社の社員・
カイヤールとカルリエ。
二人は文明から隔離された
未開の地での仕事を開始する。
それなりにうまくいっていた
生活だったが、
五ヶ月目にさしかかる頃、
銃を持った一団が
交易所を訪れる…。
舞台となるのはアフリカの、
それも6ヵ月後まで物資の補給がない、
現地人とは言葉もまともに通じない、
所員二人だけの辺境の交易所です。
まともな人事ではありません。
二人の仕事は現地人と物々交換を行い、
象牙を集めること。
はじめのうちは順調だったのですが、
異変が起きます。
銃を持った好戦的な一団が現れ、
象牙と「あるもの」の交換を要求します。
現地人の使用人・マコラが仲介し、
取引が成立しますが、
彼等が要求した「あるもの」とは、
会社が雇っている人足10名。
つまり奴隷として
引き連れていったのです。
ここから事態が一変します。
現地人が誰も寄りつかなくなり、
マコラとも疎遠になります。
文明から隔離された僻地での生活に
孤独を感じていた二人は、今また
現地の人間とも切り離されたのです。
絶望的ともいえる孤独の中で、
お互いが救いとなるべきところが、
二人は互いに疑心暗鬼となります。
ついにはカイヤールは
カルリエを撃ち殺してしまいます。
文明の中で温々と生きている人間が、
一度文明から切断されると、
かくももろく崩れ去ってしまうのかと、
背筋が寒くなりました。
しかし、冒頭部分を読み返すと、
そうではないことに思い至ります。
「めったに気づく者もないが、
群衆の生活や、
群衆の性格の本質や、
能力や、大胆さは、
彼等がおかれている環境の
安全さへの信頼感の表明に
ほかならないのだ。」
人は無力で
孤独な存在であるということを、
平素は意識できないものの、
文明(=安全)を喪失したとき、
人は初めて
自覚できるということなのでしょう。
そしてそこから見えるものは
人間の「心の闇」です。
二人を辺境へ追いやったのも
経営者の「心の闇」なら、
人足を奴隷として売り渡したのも
狡猾な人間の「心の闇」、
同僚同士殺し合うのも
もちろん「心の闇」のなせる業です。
ここ数日の猛暑すら吹き飛ぶほどの、
心が底冷えするような
コンラッドの傑作短篇。
夏の夜にいかがでしょうか。
(2020.8.27)