「源氏物語 藤裏葉」(紫式部)

一途な恋、と思っていたのですが…

「源氏物語 藤裏葉」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館

内大臣はついに
娘・雲居雁と夕霧の結婚を
認めることを決意し、
自邸の宴に夕霧を招き、
一家で歓待する。
二人の間で和解が成立し、
晴れて夕霧は
正式な婿として迎えられる。
夕霧と雲居雁は
こうして長年の恋を
成就させたのだった…。

第二十一帖「少女」
生木を裂くように引き離された
夕霧と雲居雁。
その二人がこの第三十三帖「藤裏葉」で
ついに結ばれるのです。
その間、時間にして六年。
帖数にして十二帖。
これだけの時間の中で父・源氏は
一体何人の女性と
関係を結んでいたやら。
それを考えると、
いかに夕霧が実直で真面目で
純情な青年だったかがよくわかります。
従兄で幼馴染みで初恋の相手を
六年間ずっと思い続けていることが
できたのですから。
読み手にしても
一つ安心できるような展開です。

ところが紫式部
そんなに単純な設定にはしていません。
何気なく読み進めると
見落としがちなのですが、
その後に描かれている
上賀茂神社の祭典に関わる場面で、
一つだけ
「余計な部分」を付加しています。

祭の勅使の一人に任命された
藤の典侍という女性(源氏の
腹心の部下・惟光の娘)を
登場させていますが、
彼女に夕霧は手紙を送っています。
その後の記述です。
「うちとけずあはれを
 かはしたまふ御仲なれば、
 かくやむごとなき方に
 定まりたまひぬるを、
 ただならずうち思ひけり」

(二人は以前より人目を忍んで
 愛し合っている仲なので、
 夕霧が内大臣の婿になったことを、
 典侍は内心
 穏やかでなく思っていた)

一途な恋、と思っていたのですが、
夕霧もまたそれなりに
女性と交際していたのでした。
先日の三十一帖「真木柱」での
「召人」にも通じるのですが、
この時代はこうした
身分の違う女性との情交は、
妻や妾以下であり、肉体関係としては
数の中に入れなかったのではないかと
想像されます。

その当時一般的であったであろうことを
わざわざ書き入れたこと、
さらには筋書きには
一切関わらないのに、
あえて加えてあるということ、
これらを考え合わせると、
やはり「召人」同様、
作者・紫式部がそこに女性として
問題意識を持ち、それを密かに
告発しているように思えるのです。
女性の人権が蹂躙されている
平安の社会構造の歪さを、
いつか時代が移り変わり、
後世の人間が読んだときに
気づいてもらえるよう記したとしか
思えないのです。

源氏物語は筋書きの面白さだけでなく、
そこここに膨大な情報が盛り込まれた
希有な文学作品です。
それは一読しただけではわからず、
読むたびに新しい発見となって
読み手の前に立ち現れてくるのです。

(2020.8.29)

Nicole MirandaによるPixabayからの画像

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