二十面相も明智も登場しない少年探偵団の独壇場
「天空の魔人」(江戸川乱歩)
(「空飛ぶ二十面相」)ポプラ社
「天空の魔人」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第19巻」)
光文社文庫
温泉旅行に来ていた
少年探偵団の三人は、
村に起きている
異様な事件の噂を聞く。
空から伸びた巨人の腕が、
家畜をさらったり、
畑に爪痕を残したり
するというのだ。
巨人の腕は一人の少年を、
そして美術品を積んだ
貨物列車を…。
少年探偵団シリーズの一作で、
短篇であるため、
他の中編作品「空飛ぶ二十面相」と
併録されている作品です。
短篇でありながらも、
他のシリーズ作品とは趣が異なり、
読みどころ豊富な作品です。
本作品の読みどころ①
巨人の腕の正体は?
おっ、二十面相、今回は巨人の腕に
変身か?と思い、読み進めると、
どうも様子が違います。
そもそも二十面相の縄張りは東京です。
長野の温泉村で人を脅かすなど
彼の仕業とは考えられません。
ましてや少年探偵団の旅行を予想して、
先回りして騒ぎを起こすなど、
いくらジュヴナイルでも
あり得ないでしょう。
本作品は「大金塊」「黄金の虎」に続く、
二十面相の登場しない作品なのです。
しかし、
空から巨大な腕が伸びてきて
家畜をつかんでさらっていく。
ちょっとやそっとのトリックでは
できない芸当です。ただし、
はっきりした目撃情報がないこと、
そして事件は決まって
夜に起こることから、
なんとなく見当が
ついてはくるのですが。
本作品の読みどころ②
列車一両だけ盗み出すトリックは?
運行中の列車から、
途中の一両だけを盗み出す。
これも巨人の腕の仕業と
考えられたのですが、
巧妙なトリックが
仕掛けられていたのです。
ジュヴナイルとしてはかなり高度な
トリックが使われています。
ただしこれは
海外ミステリでも使用された
有名な「列車抜き取り」トリック。
子どもの頃、そうとも知らずに読んで
血が騒いだ記憶があります。
本作品の読みどころ③
明智抜きで事件を解決する少年探偵団
その複雑なトリックを見破り、
論理的に説明するのは小林少年。
えっ、これでは明智探偵の
出番はないのでは?
その通り、本作品は
二十面相だけではなく
明智小五郎も登場しない、
少年探偵団(といっても
小林・井上・野呂のいつもの三人だけ)の
独壇場なのです。
だからこそ、子どもには
強烈な印象となって残るのです。
本当に子どもの心を
よく理解している江戸川乱歩。
現代のラノベの世界で、
乱歩に匹敵する作家が
いるのでしょうか。
少年時代に乱歩作品が身近にあって
良かったと心から思います。
(2020.8.30)
【青空文庫】
「天空の魔人」(江戸川乱歩)