単なる民話集ではありません
「夕鶴・彦市ばなし」(木下順二)
新潮文庫
寝てばかりで働こうとしない
怠け者・三年寝太郎。
近所の働き者・勘太が
蓄財したのを聞き、
自分は働かずに
身代を作ろうと考える。
さっそく「火に掛けずとも
煮炊きできる鍋」で勘太をだまし、
まんまと彼の全財産
三十両をせしめるが…。
「三年寝太郎」
昔話はいいものです。
心が和みます。
そして日本の昔話と言えば、
木下順二です。
新潮文庫版には
8編が収められています。
働き者の藤六に、
父親が遺してくれたものは
鳥の声が聞こえる不思議な頭巾。
小鳥たちが言うには、
欲張り長者の娘が
死にかけているという。
藤六は、
今まさにその長者の家へ、
娘の嫁入り道具の箪笥を
背負って運ぶ途中だった…。
「聴耳頭巾」
お調子者の彦市は
天狗の子をだまして
「隠れ蓑」を奪う。
さらには河童の子を
釣り上げてみせると、
殿様まで担いで
天狗の面をもらい受ける。
このままでは
天狗の父親に八つ裂きにされるか
殿様に手打ちにされる。
彦市は一計を案じ…。
「彦市ばなし」
単なる民話集ではありません。
作者・木下順二は、すべてに
大小のアレンジを施しています。
「三年寝太郎」は根っからの
怠け者として描かれています。
「彦市ばなし」も彦市が
恥をかく結末にはなっていません。
面白いのは怠け者・寝太郎や
お調子者・彦市も、
それなりに成功していることです。
昔話は洋の東西を問わず、
不正直な人間に対しては
厳しいのですが、
木下順二はこうした点について
寛容なのでしょう。
怠け者の権八は、
相棒である正直者の藤六に
仕事を押しつけて
楽ばかりしていた。
ある日、藤六が沼の底で見つけた
上等な漆のたまり場を、
権八は独り占めしようとする。
藤六が沼に近づかぬよう、
権八は木彫りの竜を沈めるが…。
「木竜うるし」
貧乏な男が藁の先に
虻をくくりつけて歩いていると、
貴族の幼児が欲しがり、
蜜柑三個と交換する。
次には喉の渇いた武家の女が
その蜜柑と引き換えに
反物三反を手渡す。
その後も次々と交換が続く。
男はどこかで
聞いた話だと思い…。
「わらしべ長者」
この「わらしべ長者」などは
民話のそれとは全く異なります。
民話通りの夢を見た男が、
現実は民話通りにはいかないことを
思い知らされるのです。
毎日朝から熱心に
機を織る瓜子姫。
彼女は山彦であるアマンジャクに
話しかけるが、山には本当に
アマンジャクがいて
悪さをするからやめろと、
権六から諫める。
瓜子姫のじっさとばっさが
出かけたすきに、
アマンジャクが山から…。
「瓜子姫とアマンジャク」
働き者の孫三郎は、
働いている間も
愛しい女房の顔を見たいために、
女房の絵を掲げて
畑仕事にいそしむ。
ところがその絵が風で吹き飛び、
殿様の手に渡る。
殿様はその美しさに惚れ込み、
家来に命じて
女房を城に連れてくるが…。
「絵姿女房」
それでもこの7篇は
ほぼ幸福な終わり方をしています。
散々な目に遭う「わらしべ長者」でさえ、
前向きな一歩を踏み出す姿が
描かれているのです。
民話は、
民百姓の間で言い伝わった伝承です。
そこには苦しい生活から抜け出して
幸せになりたいという願いが
織り込まれているのです。
木下順二は
そうした民話の奥底に潜んでいる、
当時の人々の願いを
汲み取っているかのようです。
すべて戯曲として書かれている7篇。
実際の舞台を想像しながら読むと
なお楽しめるはずです。
中学生に薦めたい一冊です。
※なお、本作品集にはもう1篇、
表題にも使われている
「夕鶴」も収録されています。
こちらは色合いが異なるため、
次回取り上げたいと思います。
妻・つうの織り上げる反物によって
財をなした与ひょう。
その反物は
幻の「鶴の千羽織」であり、
都では千両で売れるのだという。
つうはすでに最後の一枚を
織り上げていたのだが、
悪い商人の運ずと惣どが
鶴の千羽織の噂を聞きつけ…。
「夕鶴」
(2020.9.1)