「八重山の雪」(宇野千代)

みな純真で奥ゆかしい

「八重山の雪」(宇野千代)
(「百年文庫096 純」)ポプラ社

信吉への
嫁入りが決まった「私」は、
正式な夫婦になるまでの半年間、
彼の家に住み、
酒屋の手伝いをしていた。
ある日、英国の
若い海兵・ジョージが来店し、
ウィスキーを買っていった。
ジョージはその後一月、
毎日のように店を訪れ…。

はる子(=「私」)がその海兵・ジョージと
駆け落ちする、という話なのですが、
不倫というわけではありません。
はる子と信吉は祝言も挙げていないし、
夜は別々の部屋で
休んでいたのですから。いわゆる
「本当の恋を知ってしまった」という
ところでしょうか。
婚家に入った女性が
外国人と駆け落ち、となると、
当時は大騒ぎだったのでしょうが、
終末までは大きな悲壮感もなく、
どろどろした部分も描かれず、
むしろ爽やかさを感じさせながら
物語は進行していきます。

はる子の思い切りの良さが
心地よいのです。
ある日のジョージの言葉
「五時、チューレン(汽車のこと)ね」
だけで着のみ着のまま駅へ駆けつける。
言葉もまともに通じていないのに、
ジョージの一途な気持ちは
しっかりと彼女に通じています。
やがて彼女は
彼の子どもを身ごもります。
しかし、はる子は決して
はすっぱな女でも
尻軽な女でもありません。
直感型で情が深い女性なのでしょう。

ジョージも誠実かつ
若さ溢れる好青年です。
駆け落ち先を突き止められ、
はる子が実家に連れ戻されれば、
そこに足繁く通い詰め、
はる子の父親さえも
納得させてしまいます。
ジョージを匿っていることが
知れたため、
山間の民家に身を寄せれば、
そこで炭焼きの仕事を二人前も行う、
竹細工の技法を習得すると、
短期間で精妙な作品を仕上げる。
着物を着て髪を黒く染める。
全てを抛って
はる子と一緒に暮らそうとする姿勢に
心を打たれます。

はる子の父親をはじめとする
周囲の人間もまた
人情味あふれる人たちです。
娘がしでかした不始末を
なじるのではなく、
その意思を尊重し、
娘を信じて温かく見守る父親、
災難が及ぶかも知れないのに、
ジョージとはる子を匿う叔父一家。
それを見て見ぬふりをする
八重山の村の人々。

しかし幸せは長くは続きません。
警察の事情聴取に対し、
ジョージは再び軍服に着替え、
潔く出頭し、
それが永遠の別れとなりました。

ジョージもはる子も父親も村人たちも、
みな純真で奥ゆかしいのです。
松江のある村での実話に基づいた
宇野千代の美しくも悲しい一編。
秋の夜長に心の温まる掌編は
いかがですか。

(2020.9.24)

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