
「嘘から出た実」ならぬ「復顔術から出た美人殺人犯」
「蠟美人」(横溝正史)
(「首」)角川文庫
(「花園の悪魔」)角川文庫
法医学界の異端・畔柳博士は、
白骨死体から蠟で肉付けをする
「復顔術」を行うと
マスコミに発表、
センセーショナルを巻き起こす。
完成した蠟人形は、
百貨店で開催される防犯展覧会に
出品されるという。
除幕され姿を現した人形は…。
横溝正史の金田一シリーズの
短篇作品です。
人間の頭蓋骨から
生前の顔を復元するという「復顔術」。
その人相は、意外にも
多くの人の知る人物だったから大変。
事件の行方は混沌としてくるのです。
【事件簿File-035「蠟美人」】
〔依頼人〕
雄島隆介
…婚約者・伊沢早苗が
事件の渦中に置かれ、
金田一に真相の解明を求める。
※金田一は依頼前から事件に関与。
〔捜査関係者〕
等々力警部…警視庁捜査一課警部。
〔事件関係者〕
畔柳貞三郎
…過激な行動の法医学博士。
身元不明の遺体に復顔術を施す。
畔柳恵美子
…貞三郎の一人娘。
事件の一昨年前、交通事故で他界。
杉本もと
…畔柳家の使用人。耳の遠い老婆。
瓜生朝二
…若手彫刻家。
畔柳博士の復顔術に協力する。
佐藤亀吉
…畔柳博士が復顔術に用いた
身元不明の白骨の発見者。
軽井沢在住。
立花マリ
…元スキャンダル女優。
夫殺害の上、失踪したとされている。
畔柳の復顔術は
この女の人相を表した。
伊沢信造
…人気作家。立花マリの夫。
マリに殺害されたとされる。
伊沢加寿子
…信造の母。
高名な教育者であり学園経営者。
伊沢徹郎
…加寿子の次男。教育者。
伊沢早苗
…加寿子の娘。気位が高い。
雄島隆介と婚約中。
〔事件の概要〕
⑴「伊沢信造殺害事件」(昭和28年5月)
・信造が母屋で殺害される。
・離れにいた隆介と早苗が、
信造の死体と
ナイフを手にしているマリを発見。
・マリ、宝石類を持ち去り、
行方をくらます。
⑵身元不明屍体発見(昭和28年8月)
・佐藤亀吉、軽井沢山中で
身元不明の死体を発見、警察に通報。
⑶畔柳博士・復顔術開始(昭和28年9月)
⑷畔柳博士・復顔術終了・発表
(昭和29年3月5日)
・百貨店の防犯展覧会にて発表。
・畔柳はその席に伊沢家の四人を招待。
⑸佐藤亀吉逮捕(昭和29年3月8日)
・防犯展覧会四日目、亀吉上京、
屍体発見時の虚偽証言を告白、逮捕。
⑹隆介、金田一に捜査依頼
⑺「畔柳貞三郎殺害事件」
・畔柳、何者かに殺害される。
・件の復顔石膏像、
何者かに顔面破砕される。
・伊沢徹郎逮捕。
⑻犯人自害。事件解決。
本作品の味わいどころ①
嘘か真か、復顔術で美人女優
畔柳博士が復顔術の成果として発表した
蠟人形のその姿は、
殺人事件を起こして逃亡、
のちに自殺体で発見された
妖艶な女優・立花マリ
そのものだったのです。
マリはスキャンダラスな
女優だっただけでなく、
夫・伊沢信造を殺害し、
行方不明となっていた
殺人容疑者なのですから、
世間が大騒ぎするのも当然です。
この復顔術が原因となり、
一年前に起きた「伊沢信造殺害事件」が
再注目されるとともに、
「畔柳貞三郎殺害事件」が
引き起こされていくのです。
二つの事件はどうつながるのか?
それぞれの殺人事件の犯人は誰なのか?
それ以前の問題として、
復元された顔は正しいのか、
それとも…?
この、「嘘から出た実」ならぬ、
「復顔術から出た美人女優殺人犯」の
真偽の行方こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
ところでこの「復顔術」、
空想上のものなどではなく実在します。
調べてみると、
人類学や解剖学が発展した
一九世紀末頃から、骨格から顔を
推定する試みが始まっていて、
それが「復顔術」の起源といえます。
それを進化させたのがロシアの科学者
ミハイル・ゲラシモフです。
本作品における畔柳博士の復顔術同様、
頭蓋骨から筋肉や皮膚の厚みを
科学的に推定する方法を
確立しています。
博士はさらに1950年、
「復顔研究室」の設置をソ連政府から
許可され、これが
現代復顔術の基礎となったのです。
ちなみにこのゲラシモフ博士、
その栄誉がたたえられ、
なんとロシア中央銀行の発行した
記念硬貨となっているのです。

本作品の雑誌掲載は1956年2月。
おそらく横溝は
ゲラシモフ博士の研究成果に着目、
いち早く作品に登場させたのでしょう。
そう思ったのですが、
横溝はこの「復顔術」を、1946年発表の
「蠟の首」ですでに用いているのです。
横溝の先見性に驚かされます。
本作品の味わいどころ②
悪人は誰、怪しい人物勢揃い
畔柳博士は復顔術の公開の際、
立花マリに殺害された
伊沢信造の遺族を招待するなど、
悪趣味が際立っています。
言動からは狂気が感じられます。
復顔術の共同作業者である瓜生朝二も、
左手の小指が
第一関節から折損しているという、
何やら曰くありげな雰囲気を
醸し出しています。
復顔術によって人相の現れた立花マリも
スキャンダル女優であるとともに、
いかにも悪女らしさが
前面に押し出されています。
それだけでなく、被害者遺族である
伊沢家の面々も油断がなりません。
信造の母親である伊沢加寿子は、
教育者であり学園経営者であるものの、
その高慢なようすは
何やら「裏」があるのではという
疑念を抱かせます。
その次男・徹郎、そして娘の早苗も
同じような雰囲気を発散させています。
そもそも死体発見者の亀吉老人も、
まともな状態ではなく、
その言動は怪しさでいっぱいです。
では、誰が悪人で誰が善人なのか?
誰と誰がつるんでいるのか?
第二の殺人事件
「畔柳貞三郎殺害事件」が起こり、
真相はさらに
見えなくなっていくのです。
この、横溝得意の
「すべての登場人物が怪しい」設定こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
急転直下、明かされる「真相」
これだけ入り組んだ事件ですが、
結末は鮮やかです。
畔柳博士の復顔術公開から関与していた
金田一耕助、老婆との世間話に
時間をかけているようにみせかけて、
見事に真相を突き止めているのです。
果たして結末はいかに?
ぜひ読んで確かめていただきたいと
思います。
この、急転直下の結末によって
明かされる意外な真相こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
前述したように、
メイントリック「復顔術」は、
すでに「蠟の首」で使われたものです。
それだけでなく、
「百貨店を会場とした防犯展覧会」
「屍体への冒涜」
「オルゴールの音を止めるにいたった
切断小指」
「瓜生朝二」など、
他作品にも使われている素材が
パッチワーク的に織り込まれています。
そうした既視感を覚える部分が
多いことが原因なのか、
金田一シリーズでありながら、
今ひとつ影の薄い作品ではあります。
しかし、謎解きの要素よりも
奇想天外な設定で読ませる手法である
本作品、じっくり読み込めば、
その味わいが脳内に広がります。
横溝正史の傑作短篇、
ミステリが似合う秋の夜長に
お楽しみください。
(2020.9.27)
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(2025.12.24)
〔「首」「花園の悪魔」角川文庫〕
生ける死仮面
花園の悪魔
蠟美人
首
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