源氏もやはり「人」なのです
「寂聴訳 源氏物語 巻六」
(紫式部/瀬戸内寂聴訳)講談社文庫
出家を望む朱雀院は
最愛の娘・女三の宮の
将来を心配し、
源氏の妻とする道を選ぶ。
心境穏やかならざる紫の上は
重病を患い、
二条院で転地療養する。
女三の宮を諦めきれない柏木は、
強引に関係を結ぶ。
二人の密通を知った源氏は…。
巻六は「若菜」の上下です。
これ1冊で「若菜」ですから、
この帖の長さがわかります。
そして紫式部がいかにこの帖に
情熱を傾けたかが想像できます。
さて、巻五について取り上げたとき、
「このあと源氏は
どんな恋愛をしていくのか」と
益荒男ぶりの復活を期待しましたが、
見事に裏切られました。
源氏の女性関係は、
ここでもやはり若い頃とはちがい、
うまくはいかないのです。
なにせ源氏ももう(この帖では)
三十九歳から四十七歳。
うまくいくはずがないのです。
源氏は准太上天皇となり、
ほぼ皇族に復帰したも
同然の身分となりました。
天皇に準じる地位であり、
臣下の身分の中では最上位です。
天皇家と外戚関係も結び、
ほぼ権力の頂点に達したのです。
足りないものは何か?
この時点での源氏にかけていたものは、
身分の高い正妻だったのです。
紫の上を始め、何人かの妻は、
身分としては
それほど高くなかったのです(意外にも
末摘花が最も身分が高かった)。
女三の宮という皇女を
妻に迎えることは、
源氏にとって
必要不可欠なことだったのです。
頂点に立てば、あとは
下り坂を下りるしかなくなります。
源氏も例外ではありません。
女三の宮は、若さを備えていたものの
教養どころか年齢相応の分別も持たず、
藤壺の姪という血筋を持つものの、
美貌はそれには遠く及ばず、
皇女という身分だけの
女性だったのです。
悲劇への転落はそこから始まりました。
「正妻」ではなかった紫の上は、
このときになって初めて
己の地位の不安定さを思い知り、
健康を害していきます。
そして柏木が、
女三の宮との密通に及びます。
これが源氏の知るところとなり、
悲劇を決定づけました。
柏木は源氏の怒りに怯え、
精神を病んでいきます。
女三の宮は自分の犯した
罪の重さに耐えかね、出家を志します。
そして源氏も
かつての己の罪を思い出し、
その因果応報に苦しむのです。
源氏はやはり衰えていたのです。
人間誰しもそうであるように、
源氏でさえ若き日と同じようには
できなかったのです。
そうした厳然たる事実を
読み手に容赦なく突きつけるあたり、
作者・紫式部の
筋書きの上手さが光ります。
次の巻七でいよいよ
源氏の物語は完結します。
源氏もやはり「人」なのです。
※漫画の主人公たちのように、
年をとらせず筋書きを重ねるという
方法もあったのかも知れません。
が、そうであればこの「源氏物語」は
単なる娯楽と成り下がり、
文学作品として千年もの時間を
持ちこたえることは
できなかったのではないかと
思われます。
(2020.10.3)