「あしながおじさん」(ウェブスター)

読んで明るくなれる書簡体小説

「あしながおじさん」
(ウェブスター/松本恵子訳)
 新潮文庫

孤児院の少女・ジルーシャは、
17歳のある日、幸せを手にする。
月に一度、学生生活のようすを
報告する条件で、
大学に通わせてくれるという
紳士が現れたのだ。
彼女はその紳士を
「あしながおじさん」と名付け、
手紙を書き続ける…。

「あしながおじさん」。
誰もが知っている書名です。
そして誰もが大まかには知っている
筋書きです。
でも同時に、
誰もがしっかり読んだことのない
小説の一つではないでしょうか。
特に男性は。
いかにも女の子向けの小説ですから。

大学進学が決定するまでの顛末を
紹介した最初の数頁以外、ほぼ全編、
ジルーシャから
あしながおじさんへ宛てた手紙文で
構成されています。
いわゆる書簡体小説です。
この書簡体小説は、
自分の内面の苦悩や暗闇を悶々と
告白するものが多いかと思います。
ゲーテ「若きウェルテルの悩み」しかり、
太宰治「トカトントン」しかり。
本作品はそうではありません。
17歳から21歳にかけての
ジルーシャの瑞々しい情感が迸る、
読んで明るくなれる
書簡体小説なのです。

彼女の4年間の大学生活、
そして彼女の身のまわりに起きたこと、
さらには彼女自身の成長が、
手に取るように伝わってきます。
はじめは、
生まれてからずっと孤児院で
生活してきた少女の、
すべてを新鮮に受け止める
無邪気な素直さが
前面に押し出されています。
しかし、次第に内面的な成長を見せ、
彼女の視線が「女性の地位向上」など、
外の世界へと向かうようすが
描かれています。
さらには、
優秀な成績を収め、大学から
奨学金を受けられるようになり、
あしながおじさんから
少しずつ独立していく姿も見られます。

ジルーシャは、
正体を隠したあしながおじさんに
毎夏会っているのですが、
そのやりとりもまた秀逸です。
一夏目は
「ただのお金持ちのお坊ちゃん」、
二夏目は親しく遊びに行く「友人」、
三夏目で心惹かれる「恋人」、
四夏目には
「なくてはならない人」と
なっているのです。

そのときどきの彼女の感情の変化が、
手紙の文体に鮮やかに表されていて、
あたかも実在している少女の
手紙を読んでいるかのような
つくりになっているのです。
そして気が付くと、
自分があしながおじさんの
立場に立った錯覚を覚えます。
そうです。
本作品は女の子向けではありません。
男性こそ読んで楽しめる作品なのです。

中学生に読んでほしい一冊ですが、
大人のあなたが読んでも
十分に楽しめます。
騙されたと思って
文庫本を買ってみてください。

※平等社会への希求、
 全力で学ぶ大学生の姿など、
 読みどころはまだまだありますが、
 紹介は別の機会に譲ります。

※作者ウェブスターは本作を
 1912年に発表した
 4年後の1916年、
 女児を出産した後に、
 39歳の若さで亡くなりました。

※現在、新潮文庫からは
 本書の松本恵子訳に代わり、
 岩本正恵訳が
 新訳として登場しています。
 こちらは未読です。

(2020.10.13)

Artturi MäntysaariによるPixabayからの画像

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