「指のたより」(彩瀬まる)

彩瀬まるの独特な感性

「指のたより」(彩瀬まる)
(「骨を彩る」)幻冬舎文庫

妻を失い、
一人娘と二人暮らしの津村は、
心揺れる女性と
交際を続けている。
娘は応援してくれるものの、
しかし彼は次の一歩が
踏み出せないでいた。
それは彼が抱えている
妻への罪悪感からであった。
彼は指の欠けた妻の夢を見る…。

中学生の一人娘との父子家庭で、
父親が再婚をしようとすると、
娘との関係がぎくしゃくするのが
小説の世界の定番なのですが、
むしろこの娘は協力的なのです。
津村が再婚をためらっているのは
亡き妻への罪悪感のためなのです。

妻の手帳に書かれていた
「だれもわかってくれない」の一言。
彼は妻の亡くなったときに
それを見て衝撃を受けるのですが、
心の中に閉じ込め、
10年の月日とともに
忘れ去っていたのです。
しかしそれは
消えてなくなるわけではありません。
「夢」という形で現れるのです。

それにしても奇妙な夢です。
夢に初めて現れた妻の指は
一本欠けていて、以後、
現れるたびに
一本ずつなくなっていくのですから。

考えられるのは、妻に対する
贖罪の気持ちの表れでしょう。
生前、病に苦しむ妻の心を
理解できなかったこと。
それを亡くなってから知ったこと。
次の伴侶としてふさわしい女性と
交際していること。
そのためもあり、
妻の思い出が薄れつつあること。

不思議な「切なさ」を
覚えてしまう作品です。
しかし疑問も感じます。
亡くなった妻のことをそのように
忘れてしまうものなのかと。
忘れられないために、
次の恋愛に踏み出せない、
ということはあると思うのですが。
原田マハ「長良川」
ドライサー「亡き妻フィービー」とは
正反対の夫の有り様です。

そこに違和感を感じてしまうのは、
私が年をとったから
ということもあるし、
私自身の妻との生活が
20年以上に及び、
若くして妻を亡くした
主人公の気持ちに
寄り添えなくなっていることも
あるでしょう。
でもそれ以上に、
作者・彩瀬まるの感性が
独特だからだと思います。
収録されている作品集の
表題が「骨を彩る」。
不思議な雰囲気を湛えています。

本書は、実は異なる主人公での
全五編の連作短篇集であり、
本作品はその冒頭の一編です。
他の四編を読み進めると、
また違った風景が
見えてくるのかも知れません。
1986年生まれの彩瀬まる。
私よりも20歳若い作家の感性に、
頑張ってついていきたいと思います。

(2020.10.22)

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