「夫婦」(中島敦)

よく知っている中島とは違う、驚きの作風

「夫婦」(中島敦)
(「日本文学100年の名作第3巻」)
 新潮文庫

「夫婦」(中島敦)
(「中島敦全集2」)ちくま文庫

コシサンの妻エビルは
すこぶる多情で、
部落の男と
いつも浮き名を流している。
その一方で彼女は
大の嫉妬家でもあった。
夫の目線の先にある女に
戦いを挑み、勝利する。
ある日コシサンは
美しい女性リメイと出会い、
恋仲となる…。

初めて本作品を読んだとき、
自分の記憶している中島敦の作風と
全く違っていて衝撃を受けました。
それまで私は新潮文庫版の
「李陵・山月記」の4編だけしか
読んだことがなく、
中国を舞台にした、
漢文の素養が生かされたような作品こそ
中島敦の作風だと
思い込んでいたのです。
ちくま文庫「中島敦全集」全三巻を
読み終えた今ならわかります。
むしろこちらこそ
中島敦らしさのあふれた
作品であるということを。

舞台は南方パラオです。
ここでは、恋人を巡って女同士が戦う
「ヘルリス」という習慣があるのです。
この戦いは、
最後に相手の衣服をむしり取って
勝敗が決するという、
なんとも破廉恥な戦いです。

例によってエビルはリメイに
ヘルリスを挑むのですが、
リメイは美しいだけでなく
圧倒的に強い女性であり、
エビルは逆に返り討ちに遭うのです。
物語はそれで終わりません。
ぜひ読んで
結末を確かめてみてください。

「李陵」のように中国や漢学の要素は
ここに存在していません。
南国の明るい雰囲気が漂う作品です。
中島敦は南洋庁書記として
パラオに赴いていました。
それまで喘息に苦しんでいた中島は、
おそらくパラオの温暖な気候と
澄んだ空気とで、体調も心も
健康を取り戻していたのでしょう。

「名人伝」のような、
教訓めいた内容もありません。
女同士が痴情の果てに
相手を素っ裸にするまで戦う、
なんともいえない「格調の低さ」が
前面に出ています。
でも、
不思議と嫌らしい印象を受けません。
太陽の下、
底抜けに明るい世界が広がります。

「山月記」のような
重厚な場面もありません。
妻エビルの悪役ぶりは
きわめて滑稽に描かれています。
そして真の伴侶を得るコシサンの
幸せな結末も清々しい思いがします。

私も常日頃、妻の無言の圧力に
虐げられているのですが、
いつかリメイのような
若く優しく美しい女性が
現れるのではないかと
期待させるような、
爽やかな感動と
希望を与えてくれる作品です。
「山月記」や「名人伝」しか
中島敦を読んだことのないあなたに
お薦めしたい逸品です。

(2020.10.27)

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