泣かせる小説、それが大衆文学です。
「遊女夕霧」(川口松太郎)
(「人情馬鹿物語」)講談社大衆文学館
円玉の家に出入りしていた
呉服屋の手代・与之助が
警察に捕まった。
客から前金で
受け取っていた代金を、
遊女に貢いでいたのだ。
円玉も二十円もの大金を
騙し取られていた。
後日、円玉のもとに、
与之助が惚れた
遊女・夕霧が訪れる…。
真面目な若い男が、
吉原の花魁にぞっこんになる。
花魁も若者の純真な心に惚れ込む。
二人は夫婦約束をする。
その結果、間違いが起こる。
筋書きそのものはありふれた展開です。
でも、その後が泣かせます。
遊女・夕霧が読み手を
泣かせまくるのです。
円玉の元を訪れた夕霧の要件は何か?
円玉に被害金額の二十円の借用書を
受け取るよう迫るのです。
その言い分が振るっています
「今更どうもがいたって、
お返しをする事も出来なければ、
掛けた御迷惑を
洗う事も出来ません。
お金の戻らない以上は、
貸した事にしたって
同じじゃございませんか。
同じ事なら
助けてやって下さいましな。」
都合のよすぎる話のように思えますが、
行動の不自由な遊女(当時外出は
制限されていた)が、警察に足繁く通い、
借用の証明が立てば免訴され、
前科がつかないという
確約をとってきたとのことなのです。
前科がつけば与之助は
一生まっとうな生き方は出できない、
先のある与之助に
前科をつけさせたくない、
十七件の被害者すべてから
証文を意地でももらう覚悟である、
夕霧の口上は、理路整然として
筋道の通ったものであり、
かつそこには夕霧の
深い覚悟が潜んだものだったのです。
強情を張っていた円玉も折れます。
「悪かったな」
「嘘をいう奴が多いから、
人の言葉が信用できないのだ」
「感心だ、好くやってくれた」。
夕霧と円玉。二人とも
同じタイプの人間なのでしょう。
相手が強気に出れば自分も強情を張る。
相手が意を尽くして語れば
それを素直に受け止める。
筋を通さずにはいられない。
強気であるが、情に厚く涙もろい。
典型的な江戸っ子気質です。
だから読み手はそのやりとりに
泣かされるのです。
夕霧の捨て身の努力が実り、
与之助は免訴となります。
そして与之助は背負い呉服の
行商として再起を図ります。
では二人は夫婦になれたのか?
なりませんでした。
その顛末で再び泣かされます。
泣かせる小説、それが大衆文学です。
大衆文学の旗手、
川口松太郎の「純情馬鹿物語」。
以前第一話、第四話を取り上げましたが、
この第三話も見事に泣かされます。
(2020.10.28)