「百年文庫007 闇」

対極にある光が見えないほどの暗黒の闇

「百年文庫007 闇」ポプラ社

「進歩の前哨基地 コンラッド」
アフリカに送り込まれた
貿易会社の社員・
カイヤールとカルリエ。
二人は文明から隔離された
未開の地での仕事を開始する。
それなりにうまくいっていた
生活だったが、
五ヶ月目にさしかかる頃、
銃を持った一団が
交易所を訪れる…。

「暗号手 大岡昇平」
フィリピン戦線サンホセ警備隊に
所属する「私」は、
隊唯一の暗号手として
使役の仕事を上手に逃れていた。
自分が任務を
全うできないときの備えとして、
「私」は代理を一人養成することを
上官に進言し、
中山がその任に選ばれる…。

「聖ジュリアン伝 フローベール」
将来の成功を予言されて
生まれてきたジュリアン。
狩りを学んだ彼は、
やがて生きものを殺すことに
快感を覚える。
ある日、谷間の鹿の大群を
皆殺しにした彼は、
最後に小鹿を連れた
牝鹿を射貫く。
牝鹿は彼に
不吉な呪いをかける…。

百年文庫34冊目読了です。
本書のテーマは「闇」。
三人の作家の
三通りの「闇」が描かれています。

「進歩の前哨基地」で描かれているのは
人間の心の「闇」です。
二人を辺境へ追いやったのも
経営者の「心の闇」なら、
人足を奴隷として売り渡したのも
狡猾な人間の「心の闇」、
同僚同士殺し合うのも
もちろん「心の闇」のなせる業です。

「暗号手」が炙り出しているのは
軍隊という組織の「闇」です。
鼻薬を効かせるとすぐになびく。
任務の遂行状況の優劣ではなく
上官に対する態度で評価が決まる。
弱い立場の人間を攻撃する。
外の敵に向かって
一枚岩となって突き進むのではなく、
組織の内側の論理が優先される。
日本の軍隊がいかに
戦争に不向きな集団であったかを
詳らかにしています。

「聖ジュリアン伝」は
「闇」だらけです。
現代であれば猟奇的犯罪者として
人々の耳目を集めたであろう
ジュリアン。
「感動の物語」という注釈がありますが、
私には「闇の深さ」しか
感じられませんでした。
「進歩の前哨基地」は
人と人との関係の上での
「闇」ですが、
こちらは人間の根源的な「闇」と
いえるでしょうか。

「光があれば闇がある」といわれますが、
三作品とも、
対極にある光が見えないほどの
暗黒の闇が広がっています。

やりきれなさ、空しさ、
割り切れない思い、閉塞感、
メランコリックな気分、
そうしたものを味わうのも、
読書の大切な要素であると考えます。
そして何よりもそうしたものを
現実世界で体験するのだけは
御免被りたいと思っています。

(2020.10.30)

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