「源氏物語 匂兵部卿」(紫式部)

陰と陽の二人の主人公、薫と匂宮

「源氏物語 匂兵部卿」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館

源氏の没後、
その後継者は匂宮と薫だろうと
評判されていた。
匂宮は今上帝と
明石中宮の第三皇子、
薫は表向き源氏の
次男ということになっているが、
実は女三の宮と
柏木との子だった。
夕霧は娘をどちらかと
結婚させたいと思い…。

源氏物語第一帖「桐壺」から
第三十三帖「藤裏葉」までが
源氏の栄華を描いたものであり、
第三十四帖「若菜上」から
第四十一帖「幻」までが
源氏の晩年とともに
夕霧・柏木・女三の宮など
第二世代の活躍を
描いたものであるならば、
本帖「匂兵部卿」からは
第三世代である匂宮と薫中将が
主人公として物語を紡いでいきます。
この二人の主人公の
共通点と相違点を見てみます。

匂宮と薫の共通点・相違点①
類い希なる美男子

二人の祖父にあたる源氏と頭中将が
美男子・風流男でしたので、
この二人も当然
優れた容姿に恵まれています。
しかしながら、
「いとまばゆき際にはおはせざるべし」
(目にも目映いというほどではない)、
つまり源氏には
遠く及ばないということなのです。
その一方で、
源氏よりも地位に恵まれている
(源氏は帝の子であるものの
母の身分が低かった)という紹介が
綴られています。
つまり、実力は伴っていない
親の七光りのような書かれ方なのです。
作者・紫式部は源氏以上の主人公を
創り出すことを
望まなかったのでしょう。

匂宮と薫の共通点・相違点②
香りに敏感

その代わり紫式部は、
薫には特殊能力を授けています。
生まれつき身体から
芳香を放つというものです。
「香のかうばしさぞ、
 この世の匂ひならず、
 あやしきまで、
 うちふるまひたまへるあたり、
 遠く隔たるほどの追風も、
 まことに百歩の外も
 薫りぬべき心地しける。」

((体臭は)この世のものとは
 思えないほど、
 不思議に芳しいものであり、
 身のまわりはもとより
 遠く離れたところまで
 風にのって香ってくる。)

一方、
匂宮はそれに対抗して香を研究し、
特殊な香を念入りにたきしめて
芳しい香りを
周囲に発散しているのです。
薫が天然芳香人間であるならば、
匂宮は人工芳香人間といった
ところでしょうか。

匂宮と薫の共通点・相違点③
性格は対照的

薫は出生の秘密に気づきつつあり、
自分が何物であるかという疑念と
不安を常に抱えているため、
その姿には
常に影がつきまとっています。
恋愛を好まず、自己を抑制し、
まだ元服を終えたばかりであるのに
出家を志すなど、
早くも老成しているのです。
匂宮は源氏の血を
受け継いでいるだけあり、
明るく社交的であり、
女性関係は盛んです。
しかし源氏と違うのは
それらの女性を決して深く
愛してはいないことでしょう。
適宜距離をとり、
深く関係しない姿勢は、
関わった女性たちを大切にした
源氏とは異なります。

陰と陽の二人の主人公。
対照的な性格を持たせた
二人の主人公を持って、
光源氏ではなしえなかった物語を
継がせようと
紫式部は画策したのでしょうか。
源氏が退場したあとも、
源氏物語からは
まだまだ目が離せません。

(2020.10.31)

29450によるPixabayからの画像

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