すべてが落語的な面白さに充ちています
「寄席」(正岡容)(「圓太郎馬車」)
河出文庫
厳しい稽古の甲斐あって
二つ目に昇進した今松だったが、
思いを寄せていた
お艶の嫁入りが決まり、
酒に溺れる日が続く。
とうとう大きなしくじりを犯し、
今松は東京を離れる決意をする。
各地を転々とし、
大阪に流れ着いた今松は…。
落語・寄席研究家として名を馳せた
正岡容(まさおかいるる)の
寄席小説の一遍であり、
「第一部:お高祖頭巾の月」
「第二部:養花天」
「第三部:かくれんぼ」と
三部構成になっている作品です。
身を持ち崩した主人公・今松の、
芸に開眼するまでを描いています。
それにしても
しくじりから旅の道中まで、すべてが
落語的な面白さに充ちています。
今松が師匠・助六のもとを
離れざるを得なくなった
最終的な大きなしくじりとは…。
娘のお六の髪を結ってやるのですが、
鬢付け油がなかったため、
練羊羹を手ですり潰して使用、
そのまま眠りについたお六の髪を、
夜中に鼠がかじったものですから
見るも無惨な状態になったと
いうものなのです。
熱海の温泉宿では
一夜漬けの講釈師として
お座敷に立つのですが、
予想外に大受けします。
それで稼ごうと思った矢先に、
本物の講釈師との
講釈合戦を持ち込まれ…、
いたたまれなくなってドロンします。
しかしその講釈師も…、という
落ちがつきます。
旅芸人一座に
雇ってもらえるかと思えば、
与えられるのは袋だたきに遭う役。
金持ちの家への婿入りの話を
持ちかけられて応じると、
そこに待っていたのは
娘などではなく醜い老婆。
不運というべきか、
滑稽というべきか、
一向に転機が訪れる様子のないまま、
物語は終盤を迎え、
今松は東京へと戻る決意をします。
「第一部」「第二部」と続く
こうした珍道中が、
本作品の読みどころとなっています。
次から次へと面白い逸話が登場し、
頁をめくる手を
止めることができませんでした。
しかし本当の読みどころは
短い「第三部」にあります。
名古屋の寄席を偶然訪れた助六は、
高座に立つ今松の姿を目にします。
今松は師匠が息を飲むくらいの
素晴らしい芸を披露するのです。
今松に何があったのか?
ぜひ本作品を読んで確かめてください。
この今松、最後に明かされますが、
四代目古今亭志ん生その人なのです。
若い頃に酒からしくじりを繰り返し、
後に芸を磨き真打ちとなった
志ん生の生き方を骨格とし、
細部は正岡が
上手に肉付けしたのでしょう。
最後はお艶との再開を予感させ、
爽やかな余韻を残して
物語は幕を閉じます。
何か面白い小説はないかと
探していらっしゃる方に
ぜひお薦めしたい逸品です。
※なお、本書には
「初看板」「圓太郎馬車」「圓朝花火」の
三遍が併録されています。
ひょんなことから
噺家となってしまった「私」。
ちやほやされたのを真に受け、
まともに勉強しなかった
ツケが回って、
「私」の噺は誰からも
受けなくなる。
しまいには世の中を
恨んでも見た「私」だったが、
胸に手を当てて考えてみると…。
(「初看板」三代目柳家小さん)
噺家・圓太郎は、
落語以外のことがてんできず、
間の抜けた失敗を
繰り返していた。
見るに見かねた師匠・円朝は、
芸一筋に邁進できるよう、
彼を真打ちにし、
八重をめとらせることにする。
喜んだ圓太郎は、
乗り合いバスの真似をする…。
(「圓太郎馬車」
四代目橘家圓太郎)
落語家・圓朝は恋人・お絲と
屋根船で
花火見物を楽しんでいた。
そこに圓朝を目の敵にしている
柳枝一派の船が近づき、
縮緬浴衣のまま
船に乗っている圓朝を
揶揄し始める。
圓朝は川に飛び込み、
粋な姿を見せ、
柳枝一派を黙らせる…。
(「圓朝花火」初代三遊亭圓朝)
(2020.11.2)