「河童騒動」(井伏鱒二)

重々しい妖怪伝説から始まった物語は…。

「河童騒動」(井伏鱒二)
(「白鳥の歌/貝の音」)
 講談社文芸文庫

江戸時代の明和六年、
七月から八月にかけて
夜ごと南西の空に彗星が現れた。
それに呼応するかのように
九州から山陰山陽方面の
そこかしこに河童が出現、
人畜を害するという噂が立つ。
備後の福山藩では
河童災害対策に乗り出し…。

「河童というやつは、
 不可解きわまる
 夜空の申し子のような
 ものであるらしい。
 だから星の世界に
 何か怪しの異変が生じると、
 たちまち浮かれ出すのでは
 ないだろうか。」
という
一文から始まる本作品、
一体どんなジャンルの小説なのか?
彗星が現れるくらいですからSF、
それもスペースファンタジーの
ようでもあり、
河童とくると水木しげるばりの
妖怪伝説のようでもあります。

三部構成の第一部では、
災害対策評定の様子、
そして福山藩と代官領内の
百姓同士の諍いを説明してあります。
ここを読み終えると、
山陽地方の片田舎の百姓の騒動に
河童伝説を絡めた
歴史風土記のようなものへと
本作品の印象は変わっていきます。

第二部では事態が進展し、
池の水を抜いて河童を捕獲する
大作戦が敢行されます。
河童には四種類ある件が
事細かに記され、
いよいよ佳境に突入か、と
思われたのですが、
作業を行っていた百姓たちは
池の底の鯉を捕まえるのに
夢中になり…。
なんとコメディタッチの色彩を
帯びてくるのです。

そして第三部前半。
今度は藩の重役一行が
夜の検分(夜警)を敢行します。
藩士・鳶十郎が闇夜に現れたくせ者に
一太刀浴びせるのですが、
総勘定役・佐野はそれを諫めます。
佐野の見立て通り、
河童と思われたものは
単なる夜陰に紛れた密会の若い男女。
佐野は一件を上手に収めます。
なんと人情物語なのでした。

しかし第三部後半で
またしても一転します。
数日後、鳶十郎の屋敷の庭に、
今度は本物の河童が現れ、
命乞いをします。
鳶十郎が切りつけるものの、
河童は上手にかわし続けます。
ところがこの河童、
鳶十郎以外の人間には姿が見えず、
周囲には鳶十郎が一人稽古を
しているようにしか見えないのです。
「死闘」は延々二時間続いた末に
翌日に持ち越し、
結局十二日間に及び、
ついには来年の再試合と相成るのです。
思わず笑い転げてしまいました。

重々しい妖怪伝説から始まった物語は、
なんと
コントで幕を閉じるという大波乱。
以前取り上げた「小熊の夜遊び」と
似たテイストが味わえます。

このとぼけた書きぶりが
井伏鱒二の真骨頂なのでしょう。
何か面白い小説はないかと
探しているあなたにお薦めの逸品です。

(2020.11.6)

小太郎wanさんによる写真ACからの写真

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