冴えない二代目・夕霧、主役に躍り出る
「寂聴訳 源氏物語 巻七」
(紫式部/瀬戸内寂聴訳)講談社文庫
病の一条の御息所を
見舞う夕霧は、
女二の宮へ恋心を訴えながら
一夜を明かしてしまう。
それは周囲の誤解を招き、
母子ともども苦悩する。
やがて届いた御息所からの手紙を
雲居雁が隠したことから、
事態は思わぬ方向へと転がり…。
瀬戸内源氏の巻七、
物語の流れは大きく転換していきます。
柏木と女三の宮の関係を軸に描かれた
「柏木」「横笛」「鈴虫」。
夕霧と女二の宮との恋の子細、
そして夕霧一家の混乱を描く「夕霧」。
「御法」で
源氏最愛の妻紫の上が亡くなり、
「幻」では悲嘆に暮れた源氏が
仏道に入ります。
題名のみの「雲隠」のあとは、
源氏亡き後の次世代・匂宮と薫の
お披露目ともいえる
「匂宮」「紅梅」へと続きます。
ついに源氏が死去するのですから、
物語はいよいよ佳境に差し掛かり、
読みどころ満載となっています。
それにしてもこの巻では
源氏が衰えきっています。
そして源氏の子・夕霧が存在感を増し、
ここに来てついに
主役に躍り出ています。
躍り出てはいるものの、
今ひとつ冴えない描かれ方です。
この夕霧、父・源氏の美しい風貌を
受け継いでいるのですが、
性格は正反対の堅物であり、
恋の方はからきし駄目です。
そもそも正妻・雲居の雁とのなれそめも
不器用なものでした。
幼い頃、祖母の元で一緒に育てられた
従姉弟どうしでしたが、
熱愛が発覚すると
やがて引き離されます。
そして六年の辛抱の後、
晴れて結ばれるまでが
前巻までに描かれています。
現代に喩えるなら、
小学生のときに誓った結婚の約束を、
高校卒業後に実現したようなものです。
そんな純愛物語の主役だった二人も、
もはや三十路をすぎると
ただの父親母親です。
それまで浮気せずに(妾は一人いる)
過ごし、子だくさんの真面目一徹。
それが女二の宮に恋をしてしまうから
大変なのです。
夕霧の不器用ぶりがこれでもかと
語られていきます。
純情可憐な雲居の雁も、
すっかり所帯じみています。
何度も夫婦げんかし、
最後には怒って実家に帰り、
夕霧がなだめてもすかしても
機嫌が直らない始末です。
考えてみると、
夫の浮気相手・女二の宮は
自分の兄の妻なのですから
心中複雑なものがあるのでしょう。
父源氏は数多くの恋物語を
華麗に創り上げたのに対し、
子夕霧の恋は出来の悪い家庭劇にしか
なっていません。
源氏物語が限りなく
現代に近づいてきたかのような
「夕霧」の帖でした。
真面目な人間が
似合いもしない浮気をすると
このようになる、という見本が
千年前に存在していたのです。
夕霧同様に真面目で堅物な私は
「今日まで浮気などしなくてよかった」と
胸をなで下ろしています。
もちろんそれができるような
容姿も度胸もお金も
持ち合わせていないのですが。
(2020.11.7)