漫画と小説、両方楽しみましょう。
「あさきゆめみし5」(大和和紀)
講談社漫画文庫
ここ数年
体調を崩していた紫の上は、
酷暑の中で一層衰弱する。
そして秋の夕暮れ、
源氏と明石中宮に看取られ、
紫の上はついに帰らぬ人となる。
悲嘆の淵に沈んだ源氏は、
いよいよ出家を志す。
源氏はしみじみと
人生を振り返る…。
前回も書いたのですが、
十分に伝えずに
ぼやかしている原文に対して、
曖昧さを残さず
100%伝えようとする漫画の
立場のちがいが面白いところです。
とくにこの第5巻、
源氏の死で「第一部完」となります。
原文では、
紫の上の死を悼む源氏の姿を描いた
「幻」の帖の後に、
題名だけの「雲隠」という帖があり、
それによって
源氏の死が暗示されています。
さらに続く「匂宮」では、冒頭、
「光隠れたまひにし後、
かの御影にたちつぎたまふべき人、
そこらの御末々に
ありがたりけり」と、
たった一文で(というより一文節で)
源氏の死が
述べられているだけなのです。
それに対して本書は
読者へサービス精神を発揮しています。
かなりのページを割いて、
源氏と紫の上の思い出を
盛り込むとともに、
源氏の生い立ちから
これまでの大恋愛の経緯を
振り返っています。
継母藤壺への禁断の愛から始まり、
紫の上との出会い、
花散里への感謝、
六条の御息所、
そして葵上との確執、
槿の君、夕顔の君、空蝉、
玉鬘、朧月夜、
源氏と関わり合ったすべての女性を
一通り回想します(さすがに末摘花は
登場しないのですが)。
さらには明石の君が、
源氏の籠もった山の方向に
美しい雲がたなびくのを見て、
源氏の死を悟る。
何ともドラマチックです。
その途中に、
雲居の雁とやり直そうとする
夕霧の決意や、
次世代の主人公・幼い匂宮や薫も
効果的に登場させ、
演出効果絶大です。
では、原文のほうは味気ないか?
決してそうではありません。
「幻」の帖で、紫の上の死の翌年、
正月から十二月までの一年間を、
四季折々の風物を織り込み、
源氏が誕生し、栄え、そ
して死へと向かう様相が
暗示的に示されているのです。
そしてそれぞれの月に、
これまで源氏と
ゆかりのあった人々が登場し、
物語を静かに
終焉へと向かわせているのです。
直接的効果を追及し、
かゆいところまで手が届くかのように
情報を提供していくのが
漫画の手法であるならば、
間接的技法を駆使し、
極限までに行間を読ませようとするのが
小説の真髄なのです。
小説には小説の楽しみ方があり、
漫画には漫画の楽しみ方があります。
肩肘張らないで、
両方ともしっかり楽むのが
得というものです。
(2020.11.11)