「戦争童話集」(野坂昭如)

「戦争の空気を伝える」ための童話集

「戦争童話集」(野坂昭如)中公文庫

自分の死期を悟り、
群れから離れた雌狼は、
女の子・キクちゃんと出会う。
キクちゃんは
麻疹にかかったため、
満州を脱出する日本人の一団から
捨てられた子どもだった。
キクちゃんは雌狼を、
自分の飼っていた
犬・ベルだと思い込む…。
「年老いた雌狼と女の子の話」

前衛的かつ破廉恥な作品を
いくつも残した作家・野坂昭如。
しかし「火垂るの墓」
「ベトナム姉ちゃん」等、
戦争の悲哀を題材にした作品群もまた
この作家の素晴らしい足跡です。
本書もまたそれらの一つであり、
子ども向けに書かれた
文字通り「戦争童話集」です。
戦争によってもたらされた悲話を
見事に童話として昇華させています。
冒頭には私の最も印象に残った一編を
掲げました。
キクちゃんと雌狼には、
やがて死が訪れます。

「かけつけた人は、
 もう冷たくなっている
 女の子の体に、
 嚙み傷一つないのを、
 不思議がり、キクちゃんを
 そこに埋葬しましたが、狼は、
 さらされたままで、
 でも骨になっても、
 キクちゃんを守るように、
 お墓のそばから
 はなれませんでした。」

幼くして仲間から捨てられた
人間のキクちゃんと、
年老いて仲間から
離れざるを得なかった雌狼。
その対比に痛々しさを感じます。
だからこそキクちゃんは
雌狼をかつての飼い犬と思い込み、
雌狼は母親のようにキクちゃんを
守り抜こうとしたのでしょう。

戦争はいつの時代も、
最も弱い立場の人間に、
最も悲劇が集中するという事実を、
本作品は浮き彫りにしています。
麻疹にかかって苦しんでいる幼児という、
最も手厚く保護されるべきものが、
一番最初に見捨てられているのです。
ここに戦争の不条理さが
鮮明に表れています。

十二編すべてが、
「昭和二十年、八月十五日。」の
書き出しから始まります。
単なる戦争悲話ではなく、
その悲しみを「八月十五日」に
集約させてあるのです。
我が国の平和が「八月十五日」から
始まったのではなく、
我が国の悲劇が「八月十五日」まで、
いやそれ以降も続いたことが
明確にされています。

「戦争の実態を教える」というのであれば
岩波ジュニア新書に
いくつか良書があります。
本書は「戦争の空気を伝える」ための本と
考えるべきでしょう。
中学生にぜひ読んでほしい一冊です。

※収録作品を参考までに。
 1 小さい潜水艦に恋をした
    でかすぎるクジラの話
 2 青いオウムと痩せた男の子の話
 3 干からびた象と象使いの話
 4 凧になったお母さん
 5 年老いた雌狼と女の子
 6 赤とんぼと、あぶら虫
 7 ソルジャーズ・ファミリー
 8 ぼくの防空壕
 9 八月の風船
 10 馬と兵士
 11 捕虜と女の子
 12 焼跡の、お菓子の木

(2020.11.12)

Michal JarmolukによるPixabayからの画像

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