「源氏物語 椎本」(紫式部)

周到に計画された不可避の悲劇の始まり

「源氏物語 椎本」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館

八の宮は重厄の不安から、
自らの亡き後、
二人の姫の後見を薫に請願する。
その一方で八の宮は、二人には、
身分をおとしめるような
軽々しい結婚をせずに、
宇治で生涯を終えるよう
遺言する。その八の宮は
山ごもりのさなかに…。

源氏物語第四十六帖
「椎本(しいがもと)」。
この後に続く悲劇は、
この帖で種がまかれていたのです。
登場人物たちの複雑な性格によって、
運命の糸が
絡み合ってしまったかのようです。

運命の糸を絡ませてしまったもの①
薫の真面目すぎる性格

薫が八の宮を訪ねたのは、
「俗聖」と噂されている八の宮から
仏道の教えを請うためでした。
いよいよ学問が深まった折に、
姫と結婚させてくれとは、
彼の真面目な性格では
言い出せなかったのです。

もし、薫が
もっと屈託のない性格だったなら、
自分の気持ちを八の宮に素直に伝え、
何の問題もなく大君と
結婚という運びになったのでしょう。
しかし、そのような性格だったら
八の宮から仏道を教わろうなどとは
思わなかったでしょうから、
薫と大君の出会いすら
生じなかったはずです。

運命の糸を絡ませてしまったもの②
老女房・弁の告白

八の宮に仕えていた老女房・弁から
出自の秘密を聞き及んだことにより、
彼の心のもやはある程度晴れるのです。
それが大君への想いを
芽生えさせることにつながりました。
もしそれがなかったとしたら、
薫の「厭世観」は変わることなく、
姫たちの姿を垣間見たとしても、
そこに恋心が芽生えることは
なかったでしょう。

運命の糸を絡ませてしまったもの③
八の宮の斟酌する性格

八の宮の本音としては、
娘のどちらかの婿として
薫を迎えたかったはずです。
しかし仏門への研究熱心な薫に
その話を切り出すわけには
いかなかったのです。
八の宮から持ちかけていれば
薫はすんなり承諾し、
何の問題も生じなかったはずです。
しかし何事にも斟酌する性格の彼は、
薫の胸中を読み違えてしまったのです。

運命の糸を絡ませてしまったもの④
結婚に対する大君の悲観的な見方

大君はこのときすでに二十五歳。
当時としては完全に
婚期を逃した年齢です。
しかも父八の宮から
軽々しい結婚などせずに
宇治で一生を終えるよう
遺言されているのですから
結婚に対しては悲観的な見方に
ならざるを得ないでしょう。

作者・紫式部は
登場人物たちの境遇や立場、
性格などを緻密に設定し、
悲劇を避けようのないものに
しているのです。
このあとに起こる悲劇は、
たまたま起きたものではなく、
紫式部によって周到に計画された
不可避の悲劇だったのです。

(2020.11.14)

JasiuuによるPixabayからの画像

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