「源氏物語 早蕨」(紫式部)

女房たちの思惑と姫君の命運

「源氏物語 早蕨」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館

匂宮はついに中の君を
京に移す計画を実行する。
しかし中の君は、
今更思い出深い宇治を捨て難く、
また京での生活の不安を思い、
嘆き悲しむ。
弁の尼をはじめとする
女房たちの思惑をよそに、
薫の助力を得て
引っ越しが行われる…。

源氏物語第四十八帖「早蕨」。
本帖は宇治十帖の中で
最も短い帖の一つであり、
大君の死を描いた「総角」と、
浮舟が姿を見せる「宿木」の
橋渡しの役目をしているためか、
大きな筋書きの変化はありません。
この短い帖の読みどころは何か?
私は引っ越し前夜に見える、
八の宮邸の
女房たちの姿だと思うのです。

薫に出生の秘密を打ち明けた
女房・弁は、このときすでに髪を落とし、
尼になっています。
弁の尼は中の君とともに
悲嘆にくれています。
「人はみな
 いそぎたつめる袖のうらに
 ひとり藻塩をたるるあまかな」

悲しそうに訴える弁の尼に、
「しおたるる
 あまの衣にことなれや
 浮きたる波にぬるるわが袖」
と、
中の君は同調します。
おそらくは主人である中の君の胸中を
察してのことであり、また、
故八の宮の愛した宇治の館を
守ろうとする気持ち
(弁の尼はこのあと故八の宮邸に
残る)からのことでしょう。

その弁の尼の歌の前に、
気になる一文があるのです。
「皆人は、心ゆきたる気色にて、
 物縫ひいとなみつつ、
 老いゆがめる容貌も知らず、
 つくろひさまふに」

(みんなは縫い物にいそしみながら、
 自分の老醜にも気付かずに
 浮かれている)。
「皆人」、つまり他の女房たちは
弁の尼のように
悲しんではいないのです。
むしろ京へ上がることが決まり、
心を躍らせているのです。

女性に仕える女房たちは、主の姫が
誰にどのように嫁ぐかによって、
生活が異なってくるのですから
当然といえます。
このまま宇治で
細々と生きながらえるしかない
命運だったのが、
薫が現れ、そして匂宮が現れ、
中の君を京へと迎え入れるのですから、
主人・中の君の悲嘆をよそに、
嬉しさに舞い上がっていたとしても
責められません。

前帖「総角」では、
この女房たちが結託して大君を欺き、
薫を寝所へ手引きしているのです。
こうした一連の動きを見る限り、
女房たちの運命を左右するのが
姫君の身の処し方なのですが、
同様に姫君の命運を握っているのは
女房たちの思惑なのです。
持ちつ持たれつとはいいながら、
女性たちの生き方の
なんと不安定なことか。
現代に生きる私たちに、
平安の女性の置かれた立場を
余すところなく伝えている源氏物語。
作者・紫式部は作品を通して
「女」を描きたかったのではないかと
思えてなりません。

(2020.11.21)

Hamlet94によるPixabayからの画像

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