二十面相は昭和の時代のユーチューバー
「江戸川乱歩全集第16巻 透明怪人」
(江戸川乱歩)光文社文庫
蝋人形のような
仮面を被った怪紳士は、
尾行してきた少年探偵団員
二人の目の前で
シャツを脱ぎ始める。
何とそこには何もなく、
怪紳士の正体は
透明人間だった。
折しも透明の怪人が
東京に現れ、連日事件を
引き起こしていた…。
「透明怪人」
江戸川乱歩全集第16巻は、
少年探偵団シリーズの
最も充実していた時期の三作品、
そして複数作家による連作ものの
乱歩執筆分二篇が収録されています。
エンターテインメントとしての
小説の可能性を追求したかのような
作品群です。
「透明怪人」事件で捕縛されていた
二十面相は、拘置所の中から
犯行予告を行う。
それには以後自身のことを
「四十面相」と呼ぶ旨の
要求があった。
四十面相の脱獄を阻止するため、
名探偵・明智小五郎が乗り出す。
しかし拘置所では…。
「怪奇四十面相」
乱歩の創りだした「怪人二十面相」は、
際だったキャラクターとして、
今なお色あせることがありません。
決して人殺しをしない、
血を見ることが嫌いという
紳士的性格が、
健全な(ではないかもしれないが)
娯楽作品として
広く世間に認められたからでしょう。
考えてみれば
それ以外の大人向けの乱歩作品は、
決して人殺しをしないではいられない
異常性格者や、
血を見ることが三度の飯より好きな
殺人鬼が、
これでもかと登場していたのです。
二十面相は、「犯罪者」として
それらとひとくくりにされても、
人間としてはおよそ対極にあると
いわざるを得ません。
アメリカで目撃された
空飛ぶ円盤は、
やがて日本へも飛来する。
円盤の中からは
トカゲとコウモリの
合いの子のような
宇宙怪人が現れ、
人々を恐怖に陥れる。
そして宇宙怪人は
ヴァイオリンの上手な
少女・平野ゆりかの
誘拐を企てる…。
「宇宙怪人」
いや、これらの作品群を読むかぎり、
二十面相を
「犯罪者」と言っていいのかどうか、
迷ってしまいます。
数々のトリックを駆使した
「透明怪人」を読むかぎり、
自分の技能を誇示したい
「自己顕示欲旺盛な凄腕マジシャン」の
ように思えるし、
「怪奇四十面相」での
いろいろな「もの」に化ける様子は
「仮装大賞マニア」のようでもあり、
さらに「宇宙怪人」での
奇抜な着ぐるみを想像すると
「行き過ぎたコスプレーヤー」に
すぎないのではないかとも
思えるのです。
そうです。二十面相は
昭和の時代のユーチューバーなのです。
まあ、単なる「愉快犯」といってしまえば
それまでですが。
貿易会社社長・宮城圭助には
松永昌吉という
もう一つの顔があった。
総入れ歯を変えることにより
輪郭を変化させ、
身につける物をすべて交換し、
別人になりきるのだ。
昌吉となった彼は、
「畸形の天女」の待つ世界へと
出かけていく…。
「畸形の天女」
この世に愛想を尽かして
自ら命を絶とうとしていた
青山浩一は、
美しい婦人から声を掛けられる。
ヒトミという名のその女性は、
明晩9時ちょうどに
来て欲しいと、
浩一に部屋の合鍵を渡す。
約束の時間、
彼が部屋の扉を開けると…。
「女妖」
この二作品にしても、
なんとサービス精神に溢れたことかと
思わざるを得ません。
読み手が面白いと思えるものを、
これでもかと提供し続ける姿勢。
二十面相が、というよりも
乱歩自身が昭和の時代の
ユーチューバーなのかも知れません。
最近は品の悪いユーチューバーが
ネット上を賑わしています。
乱歩をそうしたものと一緒に考えるのは
失礼この上ないのですが、
時代の最先端において
良質で極上の娯楽を提供し続けた
乱歩の創作姿勢に、
ただただ驚嘆するばかりです。
(2020.11.29)