「寂聴訳 源氏物語 巻九」(紫式部/瀬戸内寂聴訳)

完璧でない、人間臭い。だからいい。

「寂聴訳 源氏物語 巻九」
(紫式部/瀬戸内寂聴訳)講談社文庫

匂宮は中の君を
宇治から京へと迎え入れる。
その一方で、匂宮は
夕霧の娘・六の君との結婚を
承諾する。
時の権力者・夕霧の娘が相手では
かなうまいと、妻・中の君は
動揺を隠せない。
そんな中、中の君のもとを
異母妹・浮舟が訪れる…。

巻八に続き、巻九も
天然芳香人間・薫中納言と
人工芳香尾使い・匂宮の、
恋の鞘当てを巡る物語です。
本当に面白いと思います。
源氏物語は帖が進むにつれて
面白くなります。
それはなぜか?
後半になるほど、
登場人物の性格描写が
緻密になってくるからだと考えます。

前半の主役・光源氏は、
振り返ると完璧な人間でした。
容姿が光り輝くだけでなく、
雅楽もたしなみ、歌も詠める。
大胆な行動に走ったかと思うと、
細やかな配慮も行き届く。
万事ぬかりない策略を練ると同時に、
逆境に立っても決してめげない。
作者・紫式部の筆は、
決して源氏の欠点を描いていません。
非の打ち所のない、
完璧な男性なのです。
せいぜい晩年に女三の宮の処遇で
残念な失敗をしたくらいでしょう。

しかし宇治十帖では、
紫式部は一人一人の性格描写を
入念に行っています。
そのため薫も匂宮も、
源氏を偲ばせる超美男子でありながら、
なんとも言いがたい影を
背負わされているのです。

薫は真面目人間です。
それ自体は問題ないのですが、
それを自ら鼻にかけている部分を
あえて描いています。
自制心の強い人間であることを
自ら言っておきながら、
中の君に近づいたり
浮き船を略奪したり、
言動不一致の面も見られます。

また、亡くなった大君への
一途な思いを吹聴する割には、
帝からの縁談を断れずに
女二の宮と結婚します。
その後も中の君、そして浮船へと
懸想するのです。
女二の宮とのやりとりは
詳しく描かれていませんが、
これでは女二の宮は
性の慰みものにすぎません。

一方、匂宮は、現代で言えば
皇太子殿下といったところでしょうか。
そのような重い身分でありながら、
好色三昧なのです。
中の君にも、浮船にも、
愛の言葉を真剣にささやくのですが、
どれも嘘ではないのですが、
どれも本当ではないのです。
その場その場で真剣勝負であるものの、
熱しやすく冷めやすい性格です。

また、薫を意識しすぎるあまり、
薫のねらった女性をかすめ取るのは
全くもっていただけません。
良く言えば天真爛漫、
悪く言えばただのだだっ子なのです。
天下人になるには幼すぎます。

でも、だからこそいいのです。
大きな魅力を持つと同時に
何ともいえない欠点を併せ持つ。
完璧でないからこそ、
逆に人間臭いのです。
光源氏とはちがい
この薫と匂宮の二人は、
千年の時を超えて
等身大の人間として迫ってくるような
存在感を持っています。

(2020.12.9)

Yatheesh GowdaによるPixabayからの画像

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