安部の眼が見抜いていた高度経済成長の本質
「石の眼」(安部公房)新潮文庫
完成近いダム建設地、
しかしそのダムは業者と政治家の
闇取引による手抜き工事で
満水になれば
決壊は必至であった。
不正の露見を恐れ、
対策に狂奔する
工事関係者たちへの
審判の日が来た。
その朝登場した
一人の殺し屋によって…。
先日取り上げた安部公房「石の眼」です。
前回は本作品のミステリについての
側面から紹介しました。
しかし、安部公房が純粋なミステリ
(ミステリだけの小説)を
書くはずがありません。
安部の狙いは当時の日本社会の在り方に
警鐘を鳴らすことだったはずです。
ダムの建設とそれに関わる人間について
こう登場人物に言わせています。
「出来上がると同時に、
縁が切れてしまう
人間ばっかりなんだ……
人間はただやみくもに、
血と汗を流し、
奪ったり奪られたりしながら、
どこかに消えてしまい、
あとにはダムだけが残る」
用水の確保や治水といった
本来の目的など建前にすぎず、
建設による利権を貪ることが
建設側の目的であることを
指摘しています。
さらに安部はこうも言わせています。
「それが政治だよ……
土木工事あるところに、
汚職ありだなんて言うが、
実状はむしろ、
汚職なきところに、
工事なしというところだろうね……
業者が金をつんで、
むりやり仕事を
つくらせるんだからな……
そしてその金で、
誰かが選挙に打って出る」
本作品の出版は昭和三十六年。
高度経済成長期のまっただ中です。
戦後の焼け野原から
次々に復興していく輝かしい日本の姿。
その皮を一枚めくれば、
夥しい数の毒虫が
利権に群がっているという事実を、
安部の眼は
しっかり見抜いていたのでしょう。
社会の構造上の問題を
大きく拡大して提示するという
作品主題は、
もちろん安部特有のものです。
その一方で、そうした主題を
ストレートに提示する手法、
社会派ミステリの外見を持った
作品構造、
ごく一般的な固有名詞を
与えられている登場人物設定等、
安部らしからぬ点の
多々ある作品でもあります。
おそらく本作品は安部にとって
一つの実験的作品だったのかも
知れません。
以降はこうした写実的表現の作品を
安部は全く書かず、
砂の穴に落ちた男の話だの、
仮面をつけて妻を誘惑する話だの、
脛にカイワレが自生する話だの、
シュールな世界へと移行していきます。
「安部らしからぬ作品」と
言ってしまえばそれまでですが、
安部の創作の変遷を知る上で
無視できない作品だと思うのです。
世界に誇るべき作家・安部公房の
作品世界の全貌を
日本人がしっかり理解するためにも、
本作品の復刊を強く望みます。
(2020.12.14)