「青靴下のジャン=フランソワ」(ノディエ)

プロトタイプでありながらも純粋で完成された幻想小説

「青靴下のジャン=フランソワ」
(ノディエ/篠田知和基訳)
(「ノディエ幻想短篇集」)岩波文庫
(「百年文庫066 崖」)ポプラ社

通称「青靴下の
ジャン=フランソワ」は
勉強しすぎて
気が違ってしまった男。
彼はいつも空に向かって
不思議な会話を続けていた。
1793年のある日、
「私」は彼に何を見ているのか
問いかける。
彼はしかし思いもよらない
予言を始めた…。

フランス幻想文学の祖と呼ばれる
ノディエの一篇です。
「幻想文学」といえば、
何やら妖しい世界が広がるのですが、
本作品はどちらかというと
「不思議なことが起こった
現実世界」とでも
いえばいいのでしょうか。

〔主要登場人物〕
ジャン=フランソワ・トゥーヴェ

…白痴・偏執狂・狂人のような青年。
 通称「青靴下のジャン=フランソワ」。
 二十四五歳。
「私」
…語り手。ジャン=フランソワに
 関わろうとする。
「父」
…「私」の父親。常識的な人物。

本作品の味わいどころ①
青靴下は何を見ていたのか

その予言とは何か?
ジャン=フランソワという
いかにもフランス的な名前と、
1793年という正確な年号が
記されていることから、
世界史に詳しい方なら
すぐにピンとくるはずです。
そうです、フランス革命です。
「あの血のあとを
 目でたどってごらん。
 フランス王妃
 マリ=アントワネットが
 天に昇ってゆくのが見えるよ」

彼は10月16日、
パリから遠く離れた田舎町で、
王妃の処刑の様子をその眼で、
リアルタイムで見ていたのです。
続いてその数週間後、
自分が愛していた貴族の女性が
ギロチンにかけられたその瞬間、
その人の名前を叫んで
彼は絶命してしまいます。
それは透視か、幻視か、夢か、
それとも狂人の戯言か。
一切は明らかにされていません。
この、青靴下の見ていたものこそ、
本作品を
幻想文学たらしめている部分であり、
本作品の第一の味わいどころなのです。
じっくり味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
青靴下は正確に回答できる

幻想小説である本作品、
作者・ノディエは読み手にとって
それが真実としか思えないように、
幾重もの仕掛けを施しています。

その一つは、
青靴下の見ているものについて
しっかりとした説明を
付していることでしょう。
何を見ているのか質問した「私」に、
青靴下はこう答えます。
「万物の創造主が、空間を
 生命なしにしておいただろうと
 考えられるかい?…」

何やら禅問答にも思えますが、
彼は空に広がる「生命」の
何らかの痕跡が見えると
考えるべきなのでしょう。
青靴下の不思議な能力を、
こうした理詰めで説明し、
現実世界との境目を可能な限り
曖昧にすることに成功しているのです。
この、ノディエの創り上げた
現実と仮想の境目の外れた空間もまた、
本作品の大きな味わいどころの
一つなのです。
しっかり味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
青靴下は必然的に力を得た

もう一つは、
青靴下がそうしたものを
見えるようになった経緯についても、
もっともらしい筋書きを
創っていることでしょう。
学才に秀でた彼は、
家庭教師として採用された先の
一家の娘を愛してしまいます。
しかし身分の違いから
それは叶わぬ夢でした。
彼はその思慕の念を消し去るために、
オカルト学や心霊論の研究に没頭し、
正常な精神を逸してしまったのです。

さらに、冒頭で
作者は断り書きをしています。
「すぐれた幻想物語を書く
 第一の根本的な条件は、
 それを堅固に信じることだ」。

その言葉どおり、
作者自身が幻想的現象を
信じていたのでしょう。
幼い頃に父親に連れられ、
ギロチンの処刑現場を間近で見るという
特異な体験をしているくらいですから、
それは十分にあり得ます。
作者ノディエが信じた、
自ら創り上げた虚構世界の在り方こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

読み終えると、
幻想文学的なテイストの
薄い作品であることに気づかされます。
現代の幻想小説の定義からすると、
物足りない部分を
感じてしまうかもしれませんが、
本作品はそういう味わいなのです。
発表は1832年。
幻想文学とはどうあるべきか、
試行錯誤した結果の
一つの完成形なのです。
だからこそ作者ノディエは
幻想文学の祖であり、
本作品は幻想小説の
草分け的存在となっているのです。
ホラーや怪奇小説ではなく、
プロトタイプでありながらも
純粋な幻想小説です。
大人が楽しむ逸品として、
ぜひご賞味ください。

(2020.12.17)

〔「ノディエ幻想短篇集」〕
夜の一時の幻
スマラ(夜の霊)
トリルビー
青靴下のジャン=フランソワ
死人の谷
ベアトリックス尼伝説
 あとがき

「夜の一時の幻」

〔「百年文庫066 崖」〕
亡き妻フィービー ドライサー
青靴下のジャン=フランソワ ノディエ
紅い花 ガルシン

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