本当にいいものは決して滅びない
「悦ちゃん」(獅子文六)ちくま文庫
お転婆でおませな
10歳の女の子・悦ちゃんは、
のんびり屋のお父さんと
二人暮らし。ある日、
デパートで応対してくれた
優しいお姉さんを
悦ちゃんは好きになり、
ママになってほしいと願う。
そこにお父さんの
再婚話が持ち上がり…。
と、このように粗筋を書けば、
結末はおおむね予想できます。
ああ、悦ちゃんのお父さんは
デパートのお姉さんと結ばれて、
三人仲良く暮らすのだな、と。
ネタばれを覚悟で書けば、
まさにその通りなのです。
でも、その誰しも想像する
最も幸せな結末に、
なかなかたどり着かずに、
ハラハラドキドキさせられます。
文庫本400頁超の大長編ながら、
まったく厭きることなく
読み進められます。
お父さんは、紹介された見合い話に
うまくのせられます。
良家のお嬢様なのですが、
性格はきつく、芸術にかぶれ、
結婚後は継子となる悦ちゃんを
寄宿舎に預けようと画策します。
それでも呑気なお父さんは
その結婚に
まっしぐらに突き進むのです。
もっとも自分からは
ほとんどアプローチをしないのですが。
一方、
悦ちゃんとデパートのお姉さんは
交流を深めていきます。
お姉さんは悦ちゃんと
暮らしたいと願い、
お父さんへの
愛情すら芽生えるのですが、
子持ちのバツイチ男との結婚に
親が黙っていません。
悦ちゃんからの手紙を
すべて握りつぶしてしまうのです。
ページを読み進めるごとに、
近づくどころか
次第に距離が遠くなっていく
お父さんとお姉さん。
でも、悦ちゃんの思いきった行動で、
一気に大団円へとたどり着くのです。
この展開が絶妙です。
詳しくはぜひご一読ください。
こんな面白い小説が、実は
昭和12年発表だったとは驚きです。
その年に発表された作品を見ると、
永井荷風「墨東奇譚」や
志賀直哉「暗夜行路」など、
かなり古風な作品が並びます。
本作品は、その軽妙洒脱な文体といい、
明るくコミカルな筋書きといい、
悦ちゃんやお姉さんなどの
新しい考え方をする登場人物といい、
現代において
まったく古びていないのです。
当時の
純文学が大勢を占める文壇にあって、
エンターテインメントに徹底した
作品を書き続けた獅子文六。
その多くの作品が
忘れ去られたのですが、
2013年から
「コーヒーと恋愛」を皮切りに
ちくま文庫が復刊を開始、
現在十数点が刊行されています。
本当にいいものは
決して滅びないのです。
ちくま文庫に感謝。
(2020.12.18)