「源氏物語 手習」(紫式部)

源氏の女性たちの出家

「源氏物語 手習」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館

比叡山の横川の僧都一行は
森陰に倒れている女を発見する。
それは行方不明となっていた
浮舟であった。
妹尼は泣き娘の代わりに
神から授かったと考え、
懸命に介抱する。
意識を取り戻した彼女は、
身の上を語ることなく過ごす…。

源氏物語第五十三帖「手習」。
死んだと思われていた浮舟は、
実は生きていた!
死ぬに死にきれなかった浮舟は
どうするのか?
出家するのです。

出家とは、師僧から
正しい戒律を授かって世俗を離れ、
一般的な生活を捨て、
仏教コミュニティに入ることなのです。
瀬戸内寂聴は出家を
「生きながら死ぬこと」と
表現しましたが、
まさにその通りなのでしょう。
それにしても源氏物語の女性たちは
出家したがります
(いや、男である源氏や薫も
出家願望が強かったのですが)。

最も印象的なのは藤壺でしょうか。
「賢木」の帖、桐壺院崩御により、
弘徽殿太后(朱雀帝母)側の勢力が
増大したのに比し、
源氏・左大臣側の衰勢が
みられた時期でした。
力のある後見のない藤壺は、
源氏からの度重なる求愛に
悩まされた末、
東宮を守るために出家を選びました。

その藤壺出家後に源氏が密会を重ね、
須磨隠遁のきっかけとなった女性・
朧月夜もまた、後日(「若菜上」の帖)
出家しています。
朱雀院出家後に再び源氏と
関係を持ってしまうのですが、
それは彼女の望むところでは
なかったのでしょう、
彼女は源氏にも告げずに
院の後を追って出家し、
物語から退場するのです。

その朧月夜を寵愛していた朱雀院は、
その娘・女三の宮を
源氏に降嫁させています。
女三の宮は柏木との密会が
源氏に露見し、
自殺未遂の末、出家しています。
こちらは源氏の冷たい仕打ちに
耐えかねての出家といえます。

女三の宮の降嫁により、
源氏の正妻の座が
危うくなった紫の上は、
その苦悩から逃れるために
出家を志します。
しかし源氏がそれを許さず、
彼女はそれを果たせないまま
あの世へと旅立つことになりました。

そして今また浮舟です。
彼女は薫と匂宮の二人と関係を持ち、
もはや恋愛には心の安息を
見いだせなくなっているのです。
薫は柏木と女三の宮の間に産まれ、
匂宮は源氏の孫にあたります。

藤壺の出家から始まった
源氏の女性たちの出家の連鎖。
まるで因縁のようなつながりを
見せているのです。
そして出家の理由はいずれも
「恋愛の苦しみ」なのです。
彼女たちの体験した「愛」とは、
相手を苦しめ、自らをも傷つける、
諸刃の剣のようなものであり、
きわめて暴力的なものなのです。

それでも人は
人を愛することを止められない。
源氏物語が
人間の愛の苦しみを提示して千年。
私たちは未だにその感情を
捨てきれずにいるのです。
そしてそれは未来永劫続くのでしょう。

※前帖「蜻蛉」では
 浮舟の葬儀まで行われ、
 その後の薫と匂宮まで
 描かれていましたので、
 時間を遡る形になります。
 源氏物語にはこうした時系列の
 逆転が至る所に見られます。
 それは、
 この物語の筋書きが複雑多岐に
 わたっていることとともに、
 作者・紫式部がそれを読み手に対して
 最も効果的に提示する構成を
 考え抜いていたことの
 証左だと思うのです。

(2020.12.19)

truthseeker08によるPixabayからの画像

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