「源氏物語」(紫式部)①

源氏物語とは何か?

「源氏物語」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館

源氏物語とは何か。
この一年間、源氏物語の原文を
収録した本書を中心に
(その参考書として
寂聴訳・谷崎訳・与謝野訳の、三種の
源氏物語を並行して拾い読みし)、
全五十四帖を
読み通して感じた疑問です。

成功物語か?
確かに前半は
そうした気配が濃厚でした。
帝の子である源氏が臣下に下る。
継母と不義の関係となり、
宿した子は帝の子として扱われる。
政界の中枢へ入るも失脚し、
苦難を乗り越え京へ復帰する。
権力を手中に収め、六畳院を建築、
ついには準太上天皇まで上り詰める。
権力争いに勝利した
源氏が描かれているのです。

しかし後半(玉鬘十帖以降)、
そうした雰囲気は薄くなり、
下り坂を下りる源氏が描かれています。
また宇治十帖の薫・匂宮の物語は
決して成功物語などではありません。

王朝物語か?
これも前半部はそうした色合いが
濃いように感じました。
しかしこの点についても
後半部では曖昧になります。
源氏没後は、天皇をはじめとする
権力中枢がほとんど描かれず、
また、薫と匂宮の恋の鞘当ても
権力争いには
まったく結びついてはいないのです。

恋愛物語か?
確かに次から次へと
やんごとない方々の色恋沙汰が
綴られていきます。
夕霧と雲居の雁については
まさに純愛物語です。
しかし、柏木と女三の宮以降は
恋愛悲劇に終始しています。

前回の「夢浮橋」でも書きました。
「おそらく紫式部は
 源氏の死までの物語を
 道長の注文によって書かされ、
 それ以後の続篇は、何年か後、
 自分のために
 書いたのではないか」
という
瀬戸内寂聴の見解に、
私は全面的に賛成です。
いや、もっと突き詰めると、
玉鬘十帖以降で、
物語に描かれているものが
少しずつ変化してきているのです。

紫式部は、はじめは源氏を主人公とする
魅力溢れる男性の物語を、
道長の要望に応える形で
書いていたのでしょうが、
藤壺、空蝉、紫の上、
明石の君、朧月夜といった
源氏の恋人たちを描く中で、
次第に女性の生き方そのものを
突き詰めていこうと
考え始めたのではないかと
推察できます。
運命に翻弄される女性たちが、
その流れに単に身を任せるのではなく、
必死に抗いながら
自身の生き方を確立していく。
その姿をこそ、
紫式部は描きたかったのではないかと
考えるのです。
源氏物語はもしかしたら、
女性の生き方を模索した
世界最古の
文学作品なのではないかとさえ
思えてきます。

読み終えてなお
興味をかき立てられます。
2015年に現代語訳を一度読み通し、
2020年の今また原文を
喘ぎ喘ぎ読み通したのですが、
まだ深奥な物語世界の
入り口に立ったに過ぎないという
気持ちでいっぱいです。
全貌を捉えることなど、
もしかしたらできないのかも
知れないと思っています。

このような文学作品が
私たちの国に存在していることに
限りない幸福を感じます。
生きている間、
何度も何度も源氏物語に再接近、
そして最接近していきたいと
考えています。

(2020.12.26)

Rudy and Peter SkitteriansによるPixabayからの画像

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