「蠟面博士(山村正夫編集版)」(横溝正史)

目的不明の怪人・蠟面博士登場!

「蠟面博士」(横溝正史)
(「蠟面博士」)角川文庫

事故を起こしたトラックの荷台の
木箱の中から出てきたのは、
死体を固めた蠟人形だった。
現場から逃げ出した
怪しい老人を、探偵小僧・
御子柴少年は尾行する。
たどり着いたアトリエの中で、
御子柴少年は怪老人・蠟面博士と
対峙する…。

昭和29年に発表された
横溝正史ジュヴナイル作品ですが、
なんと金田一耕助が登場します。
しかし金田一はあくまでも脇役、
主役は御子柴少年なのです。
そのため本作の金田一は
かなり精彩を欠くのですが、
それは致し方ありません。
むしろそれを楽しんだ方が、
本作品を味わえるというものです。

【「蠟面博士」事件メモ】
〔捜査関係者〕
御子柴進…新日報社給仕。探偵小僧。
山崎編集局長…新日報社編集長。
等々力警部…警視庁警部。
金田一耕助…私立探偵。
〔犯罪者一味〕
蠟面博士
…死体を蠟人形に仕立てる怪人。
 犯行の目的は不明。
竹内三造…蠟面博士の部下。
〔事件関係者〕
田代信三
…東都日日新聞記者。
 蠟面博士に監禁されていた。
古屋三造
…東都日日新聞記者。田代の助手。
高杉アケミ
…蠟面博士に誘拐される少女。
月子雪子花子
…劇場で人気のオリオン三姉妹。
 蠟面博士に誘拐される。
杉浦三郎
…舞台で蠟面博士役を務める男優。
〔事件の概要〕
⑴1月15日
・蠟人形から死体発見、
 蠟面博士、現場から立ち去る。
・アジトを御子柴に踏み込まれた
 蠟面博士、逃走。
⑵2月18日
・蠟面博士、深夜の松葉屋デパートにて
 御子柴・田代・古屋と対決。
・蠟面博士、少女の殺害予告、
 その後に逃走。
⑶3月10日
・高杉アケミ、蠟面博士により怪死。
・蠟面博士、アケミの棺桶を強奪。
・蠟面博士、アジトを包囲されたものの
 気球にて脱出。
⑷5月8日
・蠟面博士、帰国した金田一を拉致。
・蠟面博士、金田一を殺害。
⑸5月中旬
・蠟面博士、御子柴を拉致監禁。
・蠟面博士、
 包囲されたアジトから逃走。
・蠟面博士一味、
 生きていたアケミを誘拐。
⑹10月10日
・蠟面博士、
 劇場にてオリオン三姉妹を誘拐。
⑺10月中旬
・蠟面博士、
 金田一に追い詰められ自害。
 事件解決。

本作品の味わいどころ①
目的不明の怪人蠟面博士

ジュヴナイルにおいては
必要不可欠の「怪人」。
本作品では
蠟面博士なる化け物キャラが登場、
悪事をはたらきます。
問題はその悪事の中身です。
目的が不明です。
事件は大きく分けると
①田代記者誘拐監禁・殺人未遂事件
②高杉アケミ暴行傷害・誘拐監禁事件
③金田一耕助誘拐監禁・殺人未遂事件
④オリオン三姉妹誘拐監禁事件
の四つです。
ところがいずれも殺害していません
(③の金田一のみ、
本気で殺害しようとしたようですが、
当然、金田一は生還しています)。
どうやら殺人を嫌う怪人のようです。

蠟面博士 image

血が嫌いな怪人といえば、もちろん
連想するのは乱歩の怪人二十面相。
しかし蠟面博士は宝石や美術品を
盗み出すわけではないのです。
単なる悪ふざけとしか思えません
(もちろんいたいけな少女を
誘拐監禁したのですから
罪は重いのですが)。
そこに実は仕掛けがあるのです。
この、犯罪目的から謎めいている
怪人・蠟面博士の存在こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
なぜか精彩を欠く金田一

ジュヴナイルになくてはならないのが
名探偵。
本作品ではなんと金田一耕助が登場、
事件の捜査にあたります。
ところが本作品の金田一、
今ひとつ精彩を欠いているのが
気になります。

金田一耕助 image

事件解決のためにアメリカから
急遽呼び戻された金田一ですが、
出迎えの記者になりすました悪党に
まんまと拉致され、しかも
海に放り出されるという体たらく
(事件概要⑷)です。
どうした金田一耕助?

もちろん金田一は生きています。
しかし鉄鎖で縛られ、
おもりまでつけられた状態で
どうやって生還したのか、
その説明はありません。
そもそも金田一はそんな芸当の
できるような肉体派ではないのです。
どうした金田一耕助?

生還した金田一はアジトに潜入し、
蠟面博士を追い詰めるのですが、
周到な仕掛けの前に
不始末をしでかします。
怪人を逃がしただけでなく、
アケミまで連れ去られる大失態です
(概要⑸)。
その後も舞台上に現れた蠟面博士を、
御子柴少年は「本物」と見抜くのですが、
金田一は
「役者が演じている」のだと言って
取り合いません。
その結果、美少女三姉妹を
拉致されてしまうのです(概要⑹)。
等々力警部とともに金田一の
面目丸つぶれです。
どうした金田一耕助?

さらに「犯人の正体はわかっている」と
豪語する金田一ですが、
自害した犯人の変装を御子柴が解き、
犯人と共犯者を指摘するのみで、
数々のトリックの謎解きは
一切ありません。
もしや謎を解いていないのではと
疑いたくなります。
どうした金田一耕助?

この、なぜか精彩を欠く
名探偵・金田一耕助の姿こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

実はここにも訳があります。
横溝の書いたオリジナルでは、
三津木俊助が事件を追っていたのです。
のちに山村正夫によって
金田一ものに改変されたという
経緯があるのです。

本作品の味わいどころ③
めざましい活躍の御子柴

ジュヴナイルに忘れてならないのは
少年の活躍です。
本作品では御子柴少年が
蠟面博士と対峙します。
石膏像から死体が発見されたとき、
いち早く怪しい老人(蠟面博士)に
注目し、尾行しています(事件概要⑴)。
それによって殺されかかっていた
田代記者を救出しました。
それ以後も、
大胆にも深夜のデパートに侵入して
蠟面博士を追い詰めたり、
大人にはできない方法で
蠟面博士のアジトに潜入したり、
本作品における御子柴は、
少年探偵ならではの
活躍を見せるのです。

御子柴進 image

特にアケミ救出劇は、
正義の少年が勇気を持って
敵アジトに乗り込み、
悪人に誘拐された
美少女を助け出すという、
少年少女冒険ものの
典型的な形となっているのです。
この、
御子柴少年のめざましい活躍こそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

名探偵はともかく、
摩訶不思議な怪人・蠟面博士と
活躍する少年探偵・御子柴の
対決が味わいの本作品、
ジュヴナイルの王道をいく
出来映えとなっています。
現代の子どもたちには
その「味わい」が
理解できないかもしれませんが、
かつて子どもだった私たちは、
存分に味わいっていきましょう。

(2020.12.29)

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墓村幽の味わえ!横溝正史ミステリー

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(2025.11.6)

〔追記〕
柏書房刊「横溝正史少年小説
コレクション⑤白蠟仮面」には、
本作品の原典版が収録されています。
こちらは金田一耕助ではなく
三津木俊助が探偵役となっています。

(2021.11.7)

〔追記〕
角川文庫「蠟面博士」が
ついに復刊しました。
さて、表紙デザインに
変更はあるかと見てみると、
まったく同じように見えて
何かが違う…。
なんとタイトルが
面博士」ではなく
面博士」に変更されています。

角川文庫「蠟面博士」 旧 新

仮名遣いを
旧から新へ改めたのでしょうが、
原典無視の姿勢はいかがなものかと
思ってしまいます。
角川文庫は平成八年に
金田一シリーズを一斉復刊した際も、
人権問題に過剰な配慮を示し、
原文の語句・表現の一部を
編集者が改編した経緯があります
(著作権継承者の
同意は得ているというものの)。
そうした改編を、
同じ時代の純文学の作家たちの作品には
施してはいないはずです。
横溝正史へのリスペクトが
感じられないのが残念です。

(2022.10.30)

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「青髪鬼」
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