「アグニの神」(芥川龍之介)

少年探偵ブームの源流に位置する作品

「アグニの神」(芥川龍之介)
(「蜘蛛の糸・杜子春」)新潮文庫

「アグニの神」(芥川龍之介)
(「芥川龍之介全集4」)ちくま文庫

上海のある町のインド人老婆は、
一人の少女を霊媒として
アグニの神を降臨させ、
占いで儲けていた。
その少女は香港領事の娘で、
誘拐された妙子であり、
日本人・遠藤が探していた
少女であった。
遠藤は老婆の家に
踏み込むものの…。

皮肉っぽい作品ばかり書いてきた
芥川龍之介ですが、
少年向け作品もいくつか著しています。
「蜘蛛の糸」「白」など、
やたら説教臭い作品がある一方で、
娯楽に徹した作品もあり、
本作品がまさにそれにあたります。
難しいことなど考えず、
読み手の私たちも
楽しむことに徹しましょう。
その筋書きは、
捉えられた少女・妙子を
遠藤青年が救出するという
単純明快なものです。

まずは遠藤青年の活躍に拍手です。
主人である香港領事の娘を探すという
大役を見事に果たします。
「通りを歩いていて見上げたら、
たまたま探していた
妙子がいました」という
無茶すぎる設定には
目をつむりましょう。
少年向けです、機敏さが大切ですから。
拳銃を持って乗り込むものの、
魔法でやられてしまったことも
見過ごしましょう。
少年向けです、悪役はそれなりに
強くなくてはいけないのですから。

そして少女・妙子の
凜とした姿にも拍手です。
老婆の魔法にかかったふりをするという
計画を手紙にしたため窓から落とす。
見事な機転です。
「運良く遠藤青年が
拾ったからいいものの、
老婆が拾ったらどうするのだ」などと
野暮なことを言ってはいけません。
少年向けです、少女の手紙は
必ず青年の手に届くのです。
それだけできるのなら
自力で逃げれば?と
疑問を呈してもいけません。
少年向けです、少女は青年が
助けなければ意味がないのです。

誘拐された少女を救出するのですから、
冒険の伴う探偵小説といえるでしょう。
現代の視点から見れば、
突っ込みどころ満載なのですが、
この小説が書かれたのは大正十年、
少年向け娯楽小説など
ほとんどなかった時代なのです。

それから十五年後の昭和十一年、
乱歩「怪人二十面相」を発表し、
少年探偵ものの人気は沸騰します。
その流れの源に、
本作品が位置付けられるのではないかと
思うのです。
そう考えると本作品が
限りなくいとおしく思えてきます。
当時の少年少女たちの高揚感を、
現代の大人の私たちも
味わってみようではありませんか。

(2021.1.9)

Enrique MeseguerによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「アグニの神」(芥川龍之介)

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