「犬と笛」(芥川龍之介)

純粋な児童文学を純粋な気持ちで楽しみましょう

「犬と笛」(芥川龍之介)
(「蜘蛛の糸・杜子春」)新潮文庫

「犬と笛」(芥川龍之介)
(「芥川龍之介全集2」)ちくま文庫

木こりの髪長彦は
三匹の犬を連れて、
さらわれた二人の姫の
救出に向かう。
犬は、美しい笛の音の礼として、
三人の神がくれた、
何でも嗅ぎ分ける「嗅げ」、
どこまでも飛んでいける「飛べ」、
どんなものでも噛み殺せる
「噛め」だった…。

本作品は児童文学誌「赤い鳥」に
掲載された短篇作品です。
本作品以前に同誌へ収録された
「蜘蛛の糸」は、
ややシニカルな一面を読み取ることも
可能なのですが、
本作品は純粋無垢な児童文学です。

山の中で現れる三人の異形の神様、
特殊能力を持った三匹の犬、
美しい二人のお姫様姉妹、
二人を拉致する妖怪変化、
さらには二人の妖精。
登場人物はこれ見よがしの布陣です。
何よりも
女性的な美しさを持った髪長彦。
無骨者ではない、
何とも現代的な英雄像です。
芥川は時代を百年も先取りしています。

そして髪長彦による
お姫様救出劇が圧巻です。
悪鬼・食蜃人を一瞬に撃破し、
妖怪・土蜘蛛の計略に陥るものの
機転を利かせて逆転勝利を収めます。
いつもの皮肉たっぷりの挿話もなく、
得意の大どんでん返しもなく、
娯楽小説の王道を
まっしぐらに突き進む、
なんとも芥川らしからぬ作品です。

ただし、腑に落ちないのは、
なぜこの作品がその後刊行された
芥川の童話集「三つの寶」に
収録されなかったのかということです
(少なくとも「魔術」よりは
ふさわしいのではないかと思います)。
それどころか当時、どの短編集にも
収録されていないとのことでした。
何か特別な思いがあったのでしょうか。

そうなると副題にある
「いく子さんに献ず」が気になります。
「いく子さん」とは何者か?
調べてみると、
妻・文夫人(当時十九歳)の縁故の少女
(当時十五歳、よく芥川が
会っていた)なのだそうですが、
その娘がどう関わっているのか、
資料を見つけることが
できませんでした。

さて、本作人の筋書きに話を戻します。
髪長彦は飛鳥の大臣のお婿様、つまり
救出したお姫様と結ばれるのですが、
姉妹のどちらと結婚したのか
「それだけは何分昔の事で」
不明なのだとあります。
相手は美人姉妹です。
結ばれなかったもう一人の方へも
それなりの思いが
あったのではないでしょうか。

本作品の発表は大正八年。
芥川が文夫人と結婚したのも大正八年。
もし芥川が
髪長彦を自分に擬えていたのであれば、
二人の姫は
文夫人と「いく子さん」ということに
なるでしょう。
だとしたらこの作品は、
芥川が密かに思いを寄せていた
少女への贈り物、いや、それを超えて、
「自分はあなたのことも
愛している」という暗号としての
伝言だったのではないか…、などと
妄想を膨らましてしまいました。
いけない、いけない。
純粋な児童文学を
純粋な気持ちで楽しみましょう。

(2021.1.23)

【青空文庫】
「犬と笛」(芥川龍之介)

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