明治の探偵小説と侮るなかれ
「あやしなや」(幸田露伴)
(「明治探偵冒険小説集4」)ちくま文庫

若い妻を持っていたぱあどるふが
謎の死を遂げる。
その死に不審を感じた
探偵だんきゃんは
警察署長のぶらいとに進言、
捜査が開始される。
毒による中毒死が
確実視される中、
医師ぐれんどわあの
処方した薬からは
毒は検出されず…。
登場人物が「ばあどるふ」「だんきゃん」
「ぐれんどわあ」と、
西洋名がひらがな表記となっています。
動物が主人公のコミックか何かかと
思われるかも知れませんが、
あの文豪・幸田露伴が
その創作活動の最初期に著した
探偵小説です。
文庫本にしてわずか三十頁程度の
短篇なのですが、
登場人物が多い上に、
ひらがな表記でわかりにくいため、
一覧を挙げておきます。
【主要登場人物】
ばあどるふ
…五十八歳、無職。毒殺される。
ろざりん
…ばあどるふの妻。二十三歳。
ぐれんどわあ
…医師。薬を処方。
だんきゃん
…探偵。ばあどるふの死に疑念を抱く。
ぶらいと
…警察署長。
うぃるりやむ
…警察署員。
ちゃあれす
…警察署員。
しゃいろっく
…ばあどるふと付き合いのある伯爵。
三十七歳。
りうし
…ばあどるふ家の下女。
明治の探偵小説と侮るなかれ。
味わいどころは豊富です。
本作品の味わいどころ①
先鋭的なトリック
明治二十二年の作品ですが、
江戸川乱歩もうなるような
見事なトリックを活用し、
探偵小説としての形を
完成させています。
もっとも、そのトリックは
中盤で明かされるものの、
それを示す証拠を
集めることができないというのが
明治期の警察捜査の
限界を表しています。
しかしそのかわり、
見事な心理戦術(現代の尺度では
違法捜査なのですが)で
犯人逮捕にこぎ着けます。
本作品の味わいどころ②
因縁渦巻く人間関係
ぱあどるふ殺害の背後にあるのは、
七年前に起きた娘の自殺。
複雑な人間関係が
次第に明らかになってきます。
まるで後の横溝正史の
金田一耕助ものの先駆けのような
人間関係設定です。
本作品の味わいどころ③
文語体、でもスピード感あり
文語体である上に、
登場人物がひらがな表記
(傍線が引かれてあるので
なんとか判別できるが)、
馴れないと読みにくいこと
この上なしです。
しかし、文語体ならではの
スピード感はあるのです。
句点が極力省略されることにより、
一文は長くなるものの、
余分な単語が省かれ、
文章にリズム感が生じ、かえって
素早く読み通すことができます。
情報が凝縮されているのです。
この露伴をはじめとして、
国木田独歩、谷崎潤一郎、
志賀直哉、芥川龍之介、太宰治までが
何らかの形で
探偵小説・推理小説・犯罪小説といった、
現代ミステリーの源流ともいえる作品を
残しているのです。
ぜひお薦めしたいのですが、
何分にも絶版中です。
古書をあたるしかありません。
〔本書収録作品一覧〕
あやしやな 幸田露伴
弁護美人 梅の家かほる
化物屋敷 丸亭素人
名人藤九郎 作者不詳
少年の悲哀 国木田独歩
難船崎の怪 滝沢素水
汽車中の殺人 三津木春影
秘密 谷崎潤一郎
指の秘密 姫山
(2021.1.29)

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