大正期の童話の世界を堪能しませんか
「白」(芥川龍之介)
(「蜘蛛の糸・杜子春」)新潮文庫
「白」(芥川龍之介)
(「芥川龍之介全集5」)ちくま文庫
犬の白は、友達の犬の黒が
犬殺しに襲われるのを
目撃するが、
怖さのあまり逃げ帰る。
すると不思議なことに白の身体は
真っ黒になってしまう。
飼い主のもとを去り、
流浪していた白は、
助けを求める犬の鳴き声に、
勇気をふるい…。
白はこのあと、数々の人助け、
犬助け、(猫助けも)を行い、
善行を積み重ねるのです。
そして寂しさのあまり、
もとの主人宅へたどりつくと…、
何と白の姿は元通りの真っ白な姿に
戻っていたのでした。
めでたしめでたし。
本作品も芥川龍之介が
子どものために書いた作品です。
芥川特有のシニカルなひねりもなく、
アイロニカルな嘲りやあしらいもない、
純粋な童話となっています。
ところが大人目線で読むと、
実は腑に落ちないことだらけです。
一つは仲間を助けることの
できなかった責任が、
すべて白に負わされるべきことか
どうかという点です。
相手は犬殺し。ちっぽけな犬が
犬殺しに立ち向かうのは、
人間がナイフ1本程度で
熊に立ち向かうようなものでしょう。
白の体色の変化が
神の裁きであるとすれば、
あまりにも厳しすぎる処罰です。
※そもそも犬殺しとは何なのか?
黒は「お隣の飼い犬」と
明記されているのですから、
野犬処理のための役人とも
違うのでしょう。
だとすれば罰を受けるのは
この人間の方ではないかと
思うのです。
もう一つは善行の基準の曖昧さです。
白の最初の善行は、
子犬を引きずっている子どもに
吠え立てたこと。
子犬にとっては救いですが、
人間の子どもから見れば
単なる気の荒い野犬に過ぎません。
アメリカの富豪の飼い猫が
大蛇に襲われたのを助けた。
猫が助けるべき対象で、
大蛇は悪なのかという問題が残ります。
自然界では善悪ではなく、
被食者と捕食者の関係に
過ぎないはずです。
動物園から逃げ出した狼を咬み伏せた。
犬と狼であれば、
同属で親戚みたいなものでしょう。
生きるものと生きるものが
相対するとき、
どちらの側につくのが善行か、
そもそも善とは何を基準にするのか、
理解に苦しみます。
そして最大の問題は、
毛の色の黒くなったことを
白が恥じていることでしょう。
たとえ犬の体毛の色とはいえ、
犬を擬人化している以上は
肌の色と関連付けて捉えられても
文句は言えません。
現代においてこのような作品を
発表したならば、無神経な人間として
非難されかねません。
などと理屈をこね回して
読むものではありません。
童話というものは。
少年の心で、素直な気持ちで
教訓を学び取ろうとする態度が、
童話に接する正しい向き合い方です。
大正期の童話の世界を
堪能してみませんか。
と結んでみましたが、
やはり芥川龍之介には
童話は難しかったのかも知れません。
これも一つの形として、
芥川作品を楽しみましょう。
(2021.1.30)
【青空文庫】
「白」(芥川龍之介)